続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

「西の魔女が死んだ」のおばあちゃんのセリフが、沁みました。

こんにちは。ぐっちです。

 

図書館で毎日少しずつ読み進めていた梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」が読み終わりました。

 

すごく、よかったです。

 

幼く、ナーバスで、敏感な時期に、おばあちゃんのように優しくそっと少し神秘的に道しるべを示してくれる、気づきを与えてくれる存在がいたら、どれだけ幸せでしょうか。

 

あらすじは、出版社のサイトから引用させてもらいます。

中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも……。

おばあちゃんの家に来た当初、まいはの神経は、子供が抱えきれないほど高ぶっています。

 

それが、カラスがまいの上を羽ばたきして通過するだけで、まいを恐ろしい気分にさせます。

 

そんなまいに、おばあちゃんはこう言うのです。

そんなことは気にしないことです。無視するんです。

だってその声は、まいが心から聞きたいと願ったものではなかったのでしょう。そういう一見不思議な体験を後生大事にすると、次から次にそういうものに振り回されることになりますよ。けれども不必要に怖がることもありません。それも反応していることになりますからね。ただこうべを高く挙げて、無視するんです。上等の魔女は、外からの刺激には決して同様しません。

 

おばあちゃんは優しくマインドフルネスのヒントをまいに示してくれています。

www.artofnaturalway.com

 

また別のある日、ある事件が起きて、まいは隣人のおじさんに対して激しい憎しみを覚えます。

 

おばあちゃんは、こうまいを諭します。

まいの言っていることが事実と違うことだと言って非難しているわけではないのです。まいの言うことが正しいかもしれない。そうでないかもしれない。でも、大事なことは、今更究明しても取り返しようもない事実ではなくて、いま、現在のまいの心が、疑惑とか憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです。

そういうエネルギーの動きは、ひどく人を疲れさせると思いませんか?

 

負の感情に支配されることに慣れると、その先に待っているのは、より大きな苦しみだけです。

 

だから、負の感情をうまく受け流す練習は、幼い頃から積み重ねることがとても大切だと思います。

 

このセリフにも、マインドフルネス、認知療法、セルフモニタリング、大切なエネルギーの使い方といった紙一枚分の工夫がたっぷりつまっています。

 

まいは、おばあちゃんの言葉全てを素直に受け取れません。それは、そういうものだと思います。

 

それでも、このおばあちゃんがまいに植えた種が、いつかどれか芽吹くことがある。

 

「西の魔女が死んだ」や高畑勲さんの「赤毛のアン」のように、自然に生きる種を撒いてくれる物語は、少ないですね。

 

子供の頃に接する多くの物語が、主人公が怒りによって超人的な力を発揮して、

問題を一撃で全て解決するという型でできています。

 

でも、みなさんご存知のとおり、怒りは何も生まないし、わたしたちに超人的な力はないし、問題は一撃で全て解決しません。

 

別にそういった物語が悪だというわけではなくて、これもバランスかなぁと思います。

 

一方があまりに過剰で、一方があまりにも少ないですもんね。