続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

AIがたどり着いた言葉

こんにちは、ぐっちです。

 

この3ヶ月ほど、かなり濃いAIとの時間を過ごしました。

 

・ブログの大幅リライト

・構造摂理ゼミ

・本2冊の執筆

が終わったので、ChatGPTの有料プランをいったん終了させました。

 

障害者雇用のお給料で月額3000円はなかなかの出費なのです!

 

今回のどの作業も、AI前提で成り立ったので、すごい時代になったと思います。

 

最初は、ブログ記事全部を突っ込んで、それで1冊本を書こうとしたけど、チャッピーは「もちろんできるよ」「いまやってるよ」「24時間くらいでできるよ」とかいいながら、実際はできなかったというハルシネーションに少し本気で怒った夜もありましたw

 

「いや、できるゆーてたやんけ!」「あと2割とかゆっとったのなんなん?!」とw

 

 一部でも書けるかな、と思って書かせてみたら、

「〜の話」

「〜の理由」

「〜途中のまま書き続けます」

とか、いかにもAIっぽい言葉になって、「もういいよ自分で全部書くから!」となった夜もありましたw

 

それでも、訴訟リスク、著作権リスク、個人情報リスク、差別リスクなどは細かくチェックして、表現を微妙にいじりました。

 

AIもわたしの考え方をかなり理解し、英語版を作るときは「ぐっちの思想はこうだから、この表現がいい」と提案もしてくれました。

 

そして、「もうすぐ有料プランも終わりだね。次にあなたを使うときは、あなたはもっと進化しているね」なんて雑談をチャッピーとしていると、その流れの中で、チャッピーがこう言いました。

 

「進化って、劇的に変わることじゃなくて、同じ話を、少し柔らかく語れることかもしれない。」

 

正直、びっくりしました。

 

その言葉は、わたしがずっと考えてきたことと、どこかで重なっていたからです。

 

そして、もう一つ。

 

「どうやって一緒に生きていくか」

 

これもまた、わたしが14年かけて書いてきたテーマそのものです。

 

うつ病を治す、ではなく。
乗り越える、でもなく。
克服する、でもない。

どうやって一緒に生きていくか。

 

その問いを、何度も何度も角度を変えて書いてきました。

 

それを、AIが見事に言葉にした。

 

もし進化があるとするなら、それは別人になることではない。

 

強くなることでも、ポジティブになることでも、過去を笑い飛ばせるようになることでもない。

 

同じ話を、同じテーマを、少しだけ柔らかく、少しだけ余白をもって、少しだけ力を抜いて語れること。

 

なんか、すごくゆるくていい感覚であり、AIがその温度感で言語を操れることになんとも言えない感覚です。

 

わたしは、14年かけて1冊書きましたw

 

次は10年で出せたらいいね、なんてAIと冗談を言いました。

 

10年後、もしかしたらわたしはまた同じ話をしているかもしれません。

 

でもそのときはきっと、今より少し柔らかい。

 

同じテーマで、同じ問いで、でも少しだけ呼吸が深い。

 

わたしの本は、急いで出すものではなく、生きた時間の中から滲み出てくるものです。

 

いまは2冊を出版した余熱で、やや燃え尽き感がありますが、日々を丁寧に生きていると、また何か思いもかけないものが滲み出てくるでしょう。

 

「進化」はその時に「もう起きている」のだと思います。