障害者になってもっともつらいのは、「孤独」という記事を以前書いた気がします。
その孤独を埋めるように、本を書いたのかもしれません。
そして、「うつとの共存」というテーマはいったん出し切った気がします。
書いている間は、目的があり、流れがあり、静かな充実感がありました。
でも、書き終えたあと。
ふと、静かになりました。
やることがなくなったわけではありません。
毎日の仕事はあります、ブログも続いています。
それでも、どこかぽっかりと余白が生まれました。
大事な余白、良質な余白には創造が生まれます。
そうでない場合、流れ込んでくるのはじわっとした孤独です。
「うつとの共存」というテーマまで行きつき、もう伸びしろはないのではないか。
正直思いました。
このブログは正直なブログです。
その奥にあるのは、手触りを感じる愛と触れたいという、願いなのだと思います。
わたしは体調の波によって、5度の大きなうつ状態を経験しました。
もちろんうつ状態だけが理由ではないにしろ、いくつかの別れを経験してきました。
その記憶がどこかで固定化していて、
「また失うのではないか」
「波がある自分は安心を与えられないのではないか」
率直に不安もあります。
わたしはあるときから、自分のハートから染み出してきた問いを立て、その問いに挑戦するように行動してきました。
その問いが、しばらく出ていません。
心の奥から、「これに挑戦したい」としみ出してくるものが、いまは静かです。
この孤独は、次の問いが生まれる前触れなのか。
愛と伸びしろという二重の孤独です。
ただ、愛したいと思っている。伸びたいと思っている。
5度のうつ状態を経験して、精神障害者となっても、まだ。
それは、完全に「閉じていない」ということです。
この孤独が分からなくても、続けていくということです。
一昨年あたりから、しみ出してくるスピードが変わったのかもしれません。
心を開いていれば、次に思いがけないものがしみ出してくるかもしれません。