続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

不安高まる

こんにちはぐっちです。

 

以前の記事でも書いたように、

今年は神経を使う事案が次から次に発生し、

気持ちの休まる暇がありませんでした。

 

2月 翌年度事業計画作成、年度末事業報告作成

3月 理事会

4月 人間関係のゴタゴタ、役場と予算・事業調整

5月 国の会計検査

6月 総会、役場との当年度事業調整、再び人間関係のゴタゴタ

7月 大イベント再構築

8月 大イベント準備、公的観光計画作成

9月 臨時理事会、大イベント準備、公的観光計画策定

10月 大イベント準備、大阪出張

11月 大イベント準備、BS番組収録、村から予算を減らすと言われたことに対するロビー活動、公的観光計画作成

 

さらに、ここに加ええて、

・毎月の役場との会議

・毎月の一部役員との経営会議

・5件の公的委員会の委員

・各事業のフォロー

・地域イベントへの顔出し

・スタッフが処理し切れなくなった苦情処理

・服務管理、人事評価、財務管理

・スケジュール管理ができない会長の秘書

・言われたことしかやらない職員の管理

・教育機関からのインターンシップなどの依頼対応(今年10件以上w)

 

というものをこなしてきました。

1日の会議が3本〜5本というのも珍しくない。

 

そしてついに、11月下旬、職員が1人体調を崩し、

はじめは原因がわからなかったのですが、

適応障害と診断されて、

3ヶ月休職することになりました。

 

そして、案の定売れない大イベントチケット。。。(160枚/3400枚)

あれほど強くイベントを推していたくせに、

売れ行きには渋い顔するだけで、

何も動かない職員。

 

いつもながら評論家の集まりで時間の無駄の理事会、経営会議。

 

かなり心が疲れました。

 

11月の中旬くらいから、

なにか面倒になってきて、

2週間くらいすると、テレビなどの刺激で不安が高まるように。

 

条件性情動反応です。

 

いやー、トリンテックスに変えて大丈夫だと思ってたんだけど。

 

流れに乗っているつもりが、

どうやら、何かいいように使われてるだけのようにも思えるw

 

まぁ、何よりも、楽しくない。

余裕がない。

 

余裕をもって、楽しく生活しようと沖縄にきたものの、

自分のマインドのとおりの世界になっていくと言うことはわかった。

場所がどこであろうと。

 

とりあえず、黄色信号が出たので、

仕事はそこそに、

有給をつかって休めるだけ休むことにしました。

 

まず、心身を休めることが必要だと思う。

それから考えよ。