続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

引けない場所

人が辞める。
それをきっかけに、話がこじれる。

 

相手は、
運営費を出している組織だ。

 

立場の違いがはっきりしていて、
こちらの考えは、あまり聞かれていない感覚がある。

 

説明しようとするほど、
論点がずれていく。

 

言われているのは、
人が多いということ。
安定していないということ。
いまは広げる段階じゃない、ということ。

 

こちらが何を目指しているのか、
どこに向かおうとしているのかは、
あまり重要ではなさそうだ。

 

立場上、
強くは言えない。
謝るしかない場面も多い。

 

納得していないのに、
頭を下げている自分がいる。

 

話をしているうちに、
どこかで感情が混じる。

 

それが場の空気を悪くしているのも分かる。
でも、引けない。

 

ただ言われたことを受け取って、
はいはいと流すこともできる。
そうしない選択を、なぜかしている。

 

正しさの問題じゃない。
価値観の問題だと、どこかで分かっている。

 

元公務員だからこそ、
同じ言語で話せるはずだ、
分かり合えるはずだ、
どこかでそう思っている自分もいる。

 

それでも、
分かってもらえる可能性があるなら、
まだ話したいと思ってしまう。

 

ここで引いたら、
自分が大事にしているものまで、
一緒に手放してしまう気がしている。

 

摩擦が起きるたびに、
自分は誰と、どこに、エネルギーを使いたいのか、
輪郭だけが、少しずつ浮かび上がってくる。

 

こういう場面に立つたび、
選ばなくていいものまで抱えている感覚がある。

 

それでも、まだ離れられない。

 

たぶん、
ここは通過点なのだと思いたい。

 

でもいまは、
通過点だと割り切れるほど、
距離を取れていない。

 

それでも、
この場所で一緒に動いている仲間がいる。

 

何も言わずに話を聞いてくれる人がいて、
通過点だ、と言ってくれる人がいる。

 

その存在に、
何度も助けられている。

 

情熱を持って動けば、
必ずぶつかる相手が現れる。
それは、これまで一度も例外がなかった。

 

だからこそ、
この場所に立っている。

 

引けないまま。