続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

エネルギーを奪われ続ける関係に、境界線を引く

こんにちは。ぐっちです。

 

沖縄に来て、まだ間もないのに、
想定していなかった反対の力に出会っています。

 

管理職という立場に対して、
最初から強い不信感や反発を向けられる場面があり、
その対応に、正直かなり疲れています。

 

心底、疲れています。

 

この職場で働き始めて、もうすぐ3ヶ月です。
この間、できることは一通りやってきました。

 

定期的な話し合いの場をつくり、
今できる範囲で待遇の改善を考え、
見えにくかった業務を可視化し、
ルールが曖昧だった部分を整理し、
研修の枠組みを考え、
外部とも連携しながら経営状況を見える形にしてきました。

 

ここまで振り返ると、
自分なりに、かなりエネルギーを使ってきたと思います。

 

それでも、
足りない。
もっと説明しろ。
もっと理解しろ。
もっとコミュニケーションを取れ。

 

そう言われ続けている感覚があります。

 

こちらからは歩み寄っているつもりでも、
返ってくるのは要求ばかりで、
対話が一方向に流れていく感じがします。

 

話し合いの場を設けても、
そこで何かが共有されるわけではなく、
むしろ消耗だけが積み重なっていく。

 

気づきました。

 

これは、終わりがないのだと。

 

どれだけ丁寧に言葉を選んでも、
どれだけ時間を使っても、
「まだ足りない」という評価が更新され続ける。

 

エネルギーが、際限なく奪われていきます。

 

この状態で、
すべてを受け止め続けることが、
本当に誠実なのだろうか。
そんな疑問が、頭から離れません。

 

すべての意見を受け入れることが、
必ずしも愛や理解につながるとは限らない。
自分という軸が抜け落ちた関わり方は、
どこか歪んでいる気がします。

 

だから、
いま必要なのは、
相手をどうにかすることではなく、
自分のチューニングだと感じています。

 

このままエネルギーを使い続けたら、
自分も、組織も、どこかで壊れてしまう。
それは、これまで何度も経験してきたパターンです。

 

人のため、と書いて「偽り」。
いまの状態で寄り添おうとすればするほど、
きっと見返りを求めてしまう。

 

それは、望んでいる関係ではありません。

 

ここに来てから、
「自分は何を大事にしたいのか」
を、強く突きつけられています。

 

正直、戸惑っています。
悲しさもあります。
でも、この刺激の中でしか、
磨かれないものがあるとも思っています。

 

この環境にいること自体が、
次に進むための問いを、
いまの自分に投げかけている。
そんな気がしています。