ナチュラルなイキカタ

うつ病生活6年目の36歳サラリーマン。多くの人にナチュラルな生き方の心地よさを知ってほしい。精神科の薬の断薬・減薬、認知行動療法からスピリチュアルまで小さな行動の積み重ねをトライ中。つらい思いで苦しむ人の心が少しでも軽くなるように体験をシェア。ゆるりと更新中。

緊急事態!精神安定剤が効かない!?ダルい、眠い、面倒、イライラ、不安・・・ついにストレスサイン発現!

こんにちは!

ketoraaaです。

引越し、マンション売却と、3年半前のうつ病からの復職以来最大のイベントが終わりました。

「引越うつ」もあると言われるくらいの大きなイベントですから、ある程度の反動は想定していました。

それが、7月6日の決済完了の夜くらいから、緊張が解けたのか、ついにどっと現れてきました。ストレスサインが。

この時間差攻撃。ストレスサインならではですね。

ちなみに、円形脱毛症も、ストレス自体から2~3週間後に出てくることが多いそうです。

その時間差が、自分の回復力(レジリエンス)を超えてやりすぎてしまう要因でもあります。

気付いた時にはもう自分の力では戻らないという。

だから、常にちょっと足らないくらいにしておくのが大事です。

ただ、ライフイベントの際は、ちょっと足らないブレーキを使えないことがほとんどです。

締め切りがあったり、条件があったり、お金がかかったり、意見が噴出したり、自分のコントロール外のことがほとんどですから。

ついに私も、7月6日(金)の夜あたりから、

食欲が落ちました。

掃除も、献立を考えるのも、買い物も料理も面倒でやる気がしません。(我が家では、料理は私の分担です。)

仕事でも、今月中にやらなければならない業務も、来週の会議の準備もする気が起きません。今日もそういう気分にならない。今日も。と先送りを続けています。

身体を動かすこと自体が少し億劫です。

映画にも、カフェにも、ランチにも、散歩にも、スーパー銭湯にも行く気が起きません。

横になって本を読むことならできる、という感じです。

うーん。ちょうど引越しから3週間くらいです。

とりあえず、時間が作れた日曜日の午後は、横になって、「羊と鋼の森」を読んでいました。

「羊と鋼の森」はとても素晴らしい小説です。

昼寝もしました。

できれば、このままずっと横になっていたい・・・。

この休息で少し持ち直せば、と思いましたが、夜になってもあまり気分に変化はありません。

それが、焦りを生みます。

ソファにぬたぬたの接着剤でくっついた腰をなんとか持ち上げて、夕食の支度をしました。

こういう状態で夕食を作っていることに、腹が立って仕方がありません。

想定していたよりも大きな反動です。

精神安定剤ジアゼパムを飲んでも、効果を感じません。

やばい。ヤバイ。矢灰です。

こうしたときは、積み重ねた工夫があっても、率直に言って不安です。

先週末の通院での主治医のアドバイスも「身体を休めることを最優先に」というものでした。

一方で、身体を休めることができない引越しに伴う変化は続きます。

日曜日から、ついに犬との同居がはじまりました。

日曜日の夜、妻の実家から、犬がやってきました。

私は、月曜からなんとか一週間出勤できるエネルギーを充電させることでもうコップいっぱいでした。

感覚的には、崖っぷちです。

一方で、犬には犬のリズムがあり、個性があり、快適な環境があり、それは必ずしも、私とは一致しません。

だから、難しい。

摩擦の宝庫です。

犬は妥協点を教えてはくれません。

だから、過保護にもなりやすいし、虐待にもなりやすいと言えます。

子育てをしたことはないですが、子育てと似ているかもしれません。

いまこのタイミングでこれ以上の変化と摩擦は、かなりしんどいし、そこに挑戦するタイミングではないような気がします。

しかし、世の中は私一人のリズムに合わせて動いているわけではありません。

そして、7月9日(月)を迎えました。

朝方5時頃、新聞配達の音に犬が警戒し、吠えて起こされました。

もともとが狼から家畜を守る犬種ですから、慣れない環境に、犬の警戒心も普段以上です。

そのまま散歩に行きたいと起こしてきて、妻が散歩に行きました。

下痢だったようです。

散歩に行く準備のバタバタとした騒がしさで、落ち着いて眠れません。

何度も時計を見ます。

帰ってきて犬が暑い(雪国の犬です)、エアコンの温度をかなり下げたらしく、寒いです。

睡眠は、私の健康の大切な「核」ですから、月曜日の朝からのこれには、心底まいりました。

疲れを残したまま、週のはじまりを迎えてしまいます。

自動思考が次々と沸いてきます。

私の体調で犬との同居は無理だろう

なんで自分の体調を犠牲にして犬と同居しなければならないのか

そもそも、その時のノリで犬を飼った当事者が何で飼わないんだ

家を出て行って一人で暮らすか。群馬の実家に戻るか

体調が悪化したらどうしよう。うつ病が再発したらどうしよう

これからも毎日続くのか

家事に犬の世話に、私が休む時間がどんどん無くなっていく・・・

すべての犬の顔をみるとムカムカする

と、疲れているのでネガティブな考えがいくらでも浮かんできます。

大事なことなので改めて書きますが、自動思考は、「真実」「客観的事実」とは関係ありません。

単なる生理現象です。

それには「良い」も「悪い」もありません。

関連記事:【認知療法】ネガティブ思考を変えたいと思ってる皆さん!ネガティブ思考は生理現象で、おしっこと同じです - ナチュラルなイキカタ

私は、生き物が好きです。

犬に限らず人間以外の生き物にも生き生きとしてほしいと願っています。

この自動思考に振り回されたら、これでは嫌いになりそうです。

犬を嫌いになるために犬を飼うのでは、本末転倒。

自動思考に振り回されないためには、疲れを癒し、疲労という色眼鏡を外すことが不可欠です。

まず自分自身が健康でなければ、自分以外のものに心は配れません。

配ろうにも、配る心がないのだから。

心が無限だと思っていると、こういう発想にはなりません。

心も有限だと知ると、心の配り方が変わります。

どれだけ強く配るかではなく、何にどれだけ配るか、トレードオフになります。

関連記事:【人間関係】同僚に振り回されている皆さん!モンスター社員に割いてやる自分の大事なエネルギーはない! - ナチュラルなイキカタ

ところが、自分以外のものに心を配るために、まず自分の余白を作ろうと自分自身の健康を最優先させると、大抵は周囲との摩擦が起きます。

局地的には、周囲から見れば、「わがまま」だったり「自分勝手」だったり「思いやりがない」ように映るからです。

これまで書いてきたように、そうではないのですが、そう理解されることは、残念ながらほとんどありません。

全体を俯瞰できない方からは、非難と失望を受けることになります。

ですから、「自分の健康を最優先」と割り切りると、人間関係の整理整頓が行われ、人間関係がシンプルになっていきます。

それでも、です。

虐待事件をはじめとした他者への一方的な攻撃に共通するのは、加害者の余裕・余白のなさです。

無職、借金、病気といった環境は、それを加速させます。

例えば、私がこのままストレスを蓄積させて、うつ病が再発したとします。

そうすると、ペットを飼う以前の問題です。

ペットを飼うとか飼わないとかじゃなくて、「今日は何分布団から起きていられるか」という次元から、スタートしなくてはなりません。

まず、体調を立て直し、生活を立て直し、余裕ができて、そしてペットです。

うつ病になると、そこに至るまで数年から数十年かかります。

それは、自分を含めた全てのプレーヤーにとってバッドな方向です。

それであれば、プレーヤー一人ひとりにとって、少しずつグッドな方法を模索する方がよっぽどいい。

私にとってベストでなくても、犬にとってベストでなくても、家族にとってベストでなくても。

少しずつグッド。

虐待するような極端なことがなければ、それぞれの力で、それなりに環境に適応して、「ほどほど」に生きていくのではないでしょうか。

「ほどほど」を振り切ると危険です。

パワハラ、セクハラ、ストーカー、虐待、洗脳、依存、過労死。

すべて「ほどほど」を超えた末路ではないでしょうか。

パワハラは指導・説教、セクハラは冗談、ストーカーは愛情、虐待はしつけ、洗脳は師事、依存は信頼、過労死は労働だったはずです。最初は。

私の尊敬する高畑勲さんは、生前そのような過剰さ完璧さを求める風潮を強く危惧していました。

特に多様さが一切排除されて戦争に突き進んだ体験から、人間の万能感満たすだけのファンタジーやバーチャルリアリティーを批判し続けていました。

「となりの山田くん」で、なんの特殊能力も、超人的な努力による達成も、飛躍もない人間を描いたのは、「人間は大したことなくてほどほどでも十分面白い。 そのまま生きていける」という信念からだそうです。

私自身、6年前くらいまでは、自分の体調を後回しにして義理人情を優先させた時期もありました。

当時は、それがかっこいいし、優しさだと思ってました。

でも、それは最も身近な存在、「わたし」にとっては、優しくない方法だったのです。

「人間は、自分のことが何でもできる」という考え方ものあります。

ところが、それは思い込みでした。

犬だろうが他人だろうが家族だろうが、優しさや思いやりを持って接しないと関係が築けません。

それと同じように、自分の心と身体にも、労いやいたわりを持って接しないと、自分の心と身体と関係が築けませんでした。

そして、自分自身を労ってあげられるのは、自分以外には一人もいません。

いったい誰が、自分の心と身体に「今日も一日がんばったね。ありがとう。お疲れさま。ゆっくり休んでね」と声をかけますか?

自分以外にいないでしょう。

病気をして初めてそれに気付きました。

多くの方が、病気といった黒船のような自分のコントロール外の体験を経て、そのことに気付きます。

私たちは、自分の身体と心をコントロールしてなどいないのです。

だから、大切に扱う必要があるんです。

さて、自動思考を振り回してみても、否定的な感情を増幅させる効果しかありません。

否定的な感情は、ものすごく燃費の悪い排気ガスを出しまくるトラックみたいなものですから、エネルギーを投入して走らせたところで、頭の中は排気ガスまみれです。

原因探しも同じです。

「抗うつ薬中断症状」「マンション売却」「引越し」「犬との同居」「家事」「イレギュラーな残業」そういった要素が影響はしているでしょうが、それについて考えることは、意識を過去の迷宮に迷い込ませるだけで、「いまここ」の自分を助けることにはなりません。

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まず、紙一枚分の工夫を使って、この状況を別の見方で整理してみます。

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体調は悪くなったが、マンション売却と引越しが終わった後で、まだよかった。途中だったらもっと大変だった。

という見方でもできます。

その分、少しだけラッキーです。

確かに何もやる気がでないし身体を動かすのも億劫だが、とりあえず「出勤する」という最低限のタスクはこなせているのだから、そこはスバラシイ面です。

「全然ダメ」「何もできない」という完全否定の状況ではありません。

さらに、疲労はあらゆるものを否定的に見せる色眼鏡で、いまの私はその眼鏡をかけているのだから、いま強く囚われる思いに、たいした意味はありません。

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次に、問題解決法を使って、問題を縦に並べて、50点前後の解決策を一つずつ実践していきたいと思います。

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まず、妻に体調の状態を伝えます。

そして、今日は主治医が休診日ですので、明日電話又は休んで通院して相談します。

今週は、プラスアルファは何一つやらないで、どうしても今週やらなければならないことだけすることにします。

眠いのだから、今日は夜9時には布団に入ります。

いつもでしたらコラム表を書きますが、今回はこのブログがコラム表代わりになりましたので、コラム表は書きません。

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いま、これ以上私が実行できることはありません。

残されたエネルギーを、その行動一つひとつに注いでいこうと思います。