こんにちは。
前回までは、自律神経や睡眠の話を書いてきましたが、
ここからは、復職後の出来事について書いていきます。
復職して4か月が経った頃、
比較的落ち着いた規模の部署へ異動することができました。
一見すると、環境はかなり良くなったように思えました。
けれど、人が変わり、空気が変わり、ルールが変わるというのは、
それだけで人に適応を求めるものです。
ストレスは「悪い出来事」だけで生まれるわけではありません。
環境の変化そのものが、負荷になることがあります。
特に、人間関係の変化は、
相手のペースに合わせるために自分を押し殺す癖が身についていた私にとって、
かなり大きなストレスでした。
相手の性格や考え方がつかめてくるまでの間、
一言一動作の裏を読み続けることで、心はすり減っていきます。
それは仕事の場面では「想定力」「配慮」として評価されることもありますが、
同時に、自分の許容量を超えた期待を背負うことにもつながっていました。
異動は、その人間関係が一気に入れ替わる出来事です。
負荷がかかるのは、ある意味では想定内でした。
だからこの時期は、
「とにかく慣れること」を最優先にしていました。
終業後は何もせず、休日も大きな予定を入れない。
休むことに軸足を置いた、安全運転の日々です。
世間はオリンピックで盛り上がっていましたが、
夜更かしはせず、
「これは送りバントの時期だ」と言い聞かせながら、
淡々と毎日を過ごしていました。
そんな落ち着いた部署には、
別の意味で強い個性を持つ人がいることもあります。
長年の成功体験を絶対視し、
自分のやり方が唯一の正解だと信じて疑わないタイプの人です。
小さな形式の違いや段取りの違いにも強く反応し、
仕事の本質とは関係のない部分で、大きなエネルギーを使う。
指導や助言のつもりであっても、
受け取る側には強い圧として伝わってしまうことがあります。
その人自身に悪意があるわけではなく、
「自分ができたのだから、他の人もできるはずだ」
という善意や正義感から来ていることも少なくありません。
ただ、その正しさが一方向に固定されてしまうと、
他の価値基準や事情が入り込む余地がなくなります。
宗教や健康法の勧誘が、
本人の善意とは裏腹に過激化していくことがあるのと、
どこか似ているようにも感じました。
回復期にある人間にとって、
こうしたタイプの人との関わりは、想像以上に消耗します。
「内容が正しいかどうか」以前に、
言葉の強さや空気感そのものが、神経に響いてしまうからです。
この時期の私は、
そうした環境の中で、どう自分を守り、
どう距離を取っていくかを、模索することになりました。
その話は、また次回に書こうと思います。
つづきます。