続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

有休消化中の心身と休むことへの向き合い方

こんにちはぐっちです。

 

3月末でいまの会社を辞めることになり、

3月から有休消化期間に入りました。

 

4月からの仕事は決まっていません。

 

都庁の時の休職期間もそうでしたが、

こういう時期は社会とのリンクが切れてしまったような心細さがあります。

 

これは20代の無職期間にも感じていたことなので、

わたしが社会とのリンクを、

「社会的な何かの肩書きがあること」

に比重を置いているようです。

 

本来は、それとは関係なく、自分は大切な存在だと思いたい。

 

それでもそう思えない自分がいる。

 

ジムに行ったり、図書館にいったり、

休職期間と同じような過ごし方をしてます。

 

まぁ、ある意味、定年後の練習ができていると言えなくもない。

 

心の赴くままに過ごしてみようと思うけれど、

こうも簡単に社会との接点は切れるのか、とも思います。

 

それでも、明日は友達と夕食の予定が入っているし、

11日、14日、16日、19日には次の仕事に向けて、

人と会う予定も入っている。

 

あ、ちょうどこの記事が公開される日は、

最有力の会社との打ち合わせがはいってます。

いまから緊張。

 

恵まれている方かもしれません。

 

それでも、何か人から忘れられていくような気がする。

 

気がするだけで事実ではない。

 

いま、ACTの本を読んでいますが、

ACTでは、

その想像が自分の役に立つかどうか

をとても重視します。

事実かどうか、ではなくて、役に立つかどうか。

 

想像力は大事なので、

役に立たない思考をしても

心よ、ありがとう

と唱えてそこにフォーカスすることを避けて、

役に立つ、行動の支えになる想像力にフォーカスしていく。

 

それがACT(Acceptance and Commitment Therapy(アクセプタンス&コミットメント・セラピー))です。

 

マインドフルネスをつかった心理的柔軟性と行動変容をもたらす療法のよう。

 

この社会からの疎外感、

ワンオペ育休中の方に似ているかもしれませんね。

 

働いたら忙しくなるのだから、

ゆっくり休もう、とよく言われます。

 

それでも、人間ってないものねだりするんですよね。

 

忙しい時は休みたい、ぼーっとしたい

いまそうできている期間なのに、仕事がほしい、社会的な肩書きがほしい。

 

わたしが社会的な肩書きにこだわるのは、

それがないと自分が何者でもない気がするから?

何者でもないと、社会で何もできていない。

何もできていないと、それは死と同義なのではないか。

そういう「役に立たない思考」に囚われているようです。

 

なので、「心よ、ありがとう」と言って、

まくとぅーそーけーなんくるないさー

自分の信じる道は何なのかを大事にしていきたいです。

 

とりあえず、不安になったり落ち込んだりしながら、生きてます。