沖縄、梅雨が明けました。
でも、
わたしの心は晴れません。
とにかく疲れていました。
激しく、疲れていました。
寝ても、あまり回復しない。
こんにちは、ぐっちです。
だんだん、
「ヒロシです……」みたいな
テンションになってきていますが、
笑えないやつです。
なぜこんな状態になっているのか。
理由ははっきりしていて、
職場でずっと
「子どもの面倒」を見ている感覚が
続いていたからです。
彼らの不平不満は、
とにかく止まりません。
無限ループの恋愛相談のように、
話しても話しても、
何も進展しない。
なぜか。
彼ら自身が、
ほとんど動いていないからです。
期待しているだけ。
誰かが何かを変えてくれるはずだと、
どこかで思っている。
当事者として生きている人間から見ると、
その姿勢はすぐに分かります。
ただの批評家。
当事者ではない。
都庁時代に相手をした、
クレーマーのおじさんと、
構造はまったく同じでした。
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いま彼らが強く不満に感じているのは、
「自分たちは外回りでテレワークができないのに、
テレワークをしている人がいて不公平だ」
という点です。
なので、
とりあえず月曜日に、
テレワークをどうするかについての
「学級会」を開くことにしました。
都庁時代は、
おじさんのお遊戯会でしたが、
今回は若者の学級会。
多少はマシかと思いましたが、
レベルとしては、
「誰々ちゃんだけ掃除してなくて不公平です!」
と、あまり変わりません。
その人は、
掃除をしていなくても、
別の業務をしているかもしれない。
全員が、
同じことを、
同じようにやっていないと不公平。
この感覚は、
完全に教育の弊害だと思っています。
正直、
20代のわたしも、
同じことを考えていたと思います。
だからこそ、
どうやったら届くのか、
分からなくなりました。
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テレワークをやめたところで、
彼らから
代替となる感染対策のアイデアが
出てくるわけでもありません。
正直、
一念発起して沖縄に来ている若者たちが、
ここまで保守的なのは、
少し意外でした。
上司は上司で、
そうした「おもり」に時間を取られ、
本来やるべき
利益事業の開発に手が回らず、
かなり辟易しています。
わたしも同じです。
個別に話を聞くのは、
もう限界でした。
だから、
学級会という形を取ったのです。
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先週末には、
「重大な話がある」と呼び出されました。
何事かと思えば、
「Aさんが役場を飛び越えて議会に根回ししようとしている」
「Aさんは後先考えず行動する危険な人だ」
「沖縄の議会は甘くない」
……正直、
言葉を失いました。
議会に一度も触れたことのない人が、
「沖縄の議会は甘くない」と断言する。
どこから来るのか、
その万能感。
彼らは、
誰かの評価を持ち出しては、
それを自分たちの正当化に使います。
でも、
他人の評価に依存している時点で、
自分の人生を生きていない。
自分の人生に、
まだエントリーすらしていない。
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彼らがわたしに話していることは、
感情を消費するだけで、
この会社の事業には
何ひとつ影響しません。
それでも、
彼らはそれを「重大事」だと思っている。
でも、
本当に重大なのは、
その視点そのものです。
2on1ミーティングについても、
「意味がない」
「最初で最後にしてほしい」
と言われました。
意味がある場にするかどうかは、
本人次第なのに。
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上司は言いました。
「それ、ただの陰口ですよね。
ぐっちさん、少し不機嫌になってもいいのでは?」
わたしは答えました。
感情をぶつけ合えば、
同じ土俵に立つことになる。
わたしは、
その土俵に立ちたくない。
だから、
根気強く話すしかない、と。
彼らの姿勢は、
基本的に「逃げ」だと思っています。
本質的な課題から逃げ、
それっぽい問題を騒ぐことで、
自分たちの実力と向き合わずに済ませている。
それが、
この会社の、
ここ数年の姿だったように見えます。
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ただ、
ここで大事なのは、
彼らだけの問題ではありません。
わたし自身もまた、
組織マネジメントやチームビルディングに
逃げているのではないか。
自分がどうありたいか、
どんな一日を生きたいか、
そこから目を逸らしていないか。
「忙しくて本が読めない」
と言っているうちは、
きっと何も変わらない。
東京でも、
沖縄でも。
大きなことをやろうとしなくていい。
決定的な何かを起こそうとしなくていい。
ちっぽけなことでもいいから、
心が動く方向へ、
まっすぐ進む。
失敗してもいい。
そう思いながら、
沖縄の激うまカレーうどんを
食べに行くのでした。