やばいです。
ストレスが。
ここはどこですか?
沖縄です。笑
いやね、ストレスがやばいんです。
何にそんなに疲弊しているのかというと、
前にも書いたけど、
職場の空気です。
わたしは、
ガキの面倒を見るために沖縄に来たわけじゃない!!
という心の声が、
どうしても消えません。
「楽しく仕事しよう」という言葉が、
・全員平等に有休を取れているかどうか
・誰々の態度が苦手、というところまで上司が面倒を見ること
と履き違えられている。
個人の問題と、
組織の問題が、
ぐちゃっと混ざっている。
中学校の担任か、
部活の顧問になった気分でした。
6月で辞めていく職員と話したとき、
こんな言葉が出てきました。
「もう託児所には付き合いきれなくなった」
「え〜ん先生、オムツがはけません」
「何?20歳なのにオムツがはけない?」
そのくせ、
「あれ買って」「これ買って」と要求だけは一人前。
バカらしくて、
付き合いきれなくなった、と。
その感覚は、
正直、分かりすぎるほど分かりました。
こういう空気の延長線上で、
休日にまで、
職場の人間関係に関する共有メールが飛んできます。
「Aさんが悩んでいる」
「BさんとCさんの関係がうまくいっていない」
「指示が分かりづらいと言っている」
要するに、
“困っている人がいます”
という情報だけが流れてくる。
……で?
それで、
わたしに何をしてほしいんだろう。
あなたは、
何をしたらいいと思っているんだろう。
あなた自身は、
何か動いたんだろうか。
そもそも、
組織って何のためにあるんでしょう。
誰かの機嫌を取ることが、
組織の仕事なんでしょうか。
いや、
悩むなら、
勝手に悩んでください。
セクハラやパワハラなら、
それは当然フォローします。
誰かが有休を取れない話も、
業務量がどうしようもなく偏っているなら
調整します。
でも、
分担を整理した上で、
その人が有休を取るかどうかは
個人の問題です。
どれだけ取れと言っても、
取らない人は取らない。
一方で、
職場では雑談だけは元気。
仕事の中身は進まないのに、
「責任者が動かない」
という言葉だけは簡単に出てくる。
でも、
その話で本当に動く責任者って、
どこにいるんでしょう。
そもそも、
休日に送る必要ありますか、
その共有。
話を聞いて、
「責任者に伝えてあげる」と言って、
「やっぱり責任者がダメだ」
「何も変わらない」
それって、
一番楽な立ち位置じゃないでしょうか。
組織の課題って、
本当にそこなんでしょうか。
人が辞め続けている。
利益を出せる事業が作れていない。
それが何年も続いている。
それでも、
話はいつも
「誰々が嫌だ」
「誰々の態度がつらい」
で止まる。
正直、
わたしの上司も
完璧なマネジメントができているとは言えません。
でも、
話はちゃんと聞くし、
何とかしようとはしている。
都庁にいた頃のわたしより、
ずっと低い給料で、
それでも、
かなりまっとうだと思っています。
そんな状況の中で、
上司が全体に向けて、
かなり長文のメッセージを流しました。
内容は、
「まず当事者同士で話すこと」
「感情的にならず、嫌なことは嫌だと伝えること」
「それでも解決しなければ、上司が責任を持つこと」
という、
驚くほど筋の通ったものでした。
正直、
社会人に向けてここまで書くのか、
と思う一方で、
この職場は部活なので、
まずはここからなんだろうな、
とも思いました。
でも、
その文章を読んだスタッフは、
失笑していました。
それを見たとき、
わたしの中で、
何かが決定的にズレた気がしました。
それにしても、
なぜわたしは、
ここまで「当事者意識のない人」に
イライラするんだろう。
それは、
わたしの問題なんでしょう。
わたしが囚われている価値観の問題。
ボクは信号を守っているのに、
なぜこの人は守らないのか、
という程度のことなのかもしれません。
当事者意識を持つかどうかは、
その人の自由。
「信じて見守る」というのは、
愛なのかもしれません。
それでも、
わたしの中の何かは、
ずっと削られ続けていました。
やはり、
これはソウルワークにつながりそうです。
すべては、
ハッピーに向かうだけ。