こんにちは、ぐっちです。
ドッグランでのトラブルをきっかけに落ち込みましたが、
主治医のアドバイスによって、
その悩みを「成長の余地」として捉え直せたことを
前回お話ししました。
このように、
人や出来事に振り回されることは、
残念ながら尽きません。
以前のわたしは、
その「尽きなさ」に、
すっかり疲弊していました。
ですが、
紙一枚分だけは、
これまでとは別の対処をしています。
なぜなら、
考えるだけで状況がよくなったことは、
35年間で一度もなかったからです。
そのことに気づいて、
まだ2年も経っていません。
さすがに、
あと10年考え続けたところで、
自然な自分に近づいていくとは思えない。
いまは、そう確信しています。
他人は、
自分のコントロール外の存在です。
ですから、
これからも「もらい事故」のような
突発的な出来事は起きるでしょう。
それでも、
振り回されながら、
それをヒントとして受け取り、
紙一枚分だけ、
目の前でできることをやっていく。
いまは、
それでいいと思っています。
この出来事からしばらくして、
うつ病や不安症の治療の最終段階に
「エクスポージャー」
という考え方があることを、
原井宏明さんの
『不安症に気づいて治すノート』
という本で知りました。
エクスポージャーは
「暴露療法」と訳され、
嫌いなこと、不安なことを
あえて経験することで、
不安に慣れていく技法です。
たとえば、
自分が考える最悪のストーリーを
毎日15分読む、
といった方法があります。
潔癖症の人が、
あえて便器に触るという例を聞くと、
イメージしやすいかもしれません。
わたしの場合、
ドッグランでの出来事や、
苦手な人間関係に直面すると、
「どうすればよかったのか」
「また起きたらどうしよう」と、
過去や未来に思考が飛び、
一気に消耗していました。
ですが、
十分な時間と回数、
不安を経験していくと、
たとえ最悪の状況になったとしても、
実はたいしたことはない、
ということが体感として分かってきます。
そうすると、
どんな不安がやってきても
動じにくくなり、
不安症状は次第に和らいでいきます。
主治医が言っていた
「成長の余地」という言葉どおり、
あの出来事は、
わたしにとって
エクスポージャーだったのだと思います。
突発的に起きるからこそ、
自動思考に振り回されるだけで、
場数を踏めば、
自分の思考や感情のパターンが
少しずつ見えてきます。
見通しが立ってくると、
「あ、出てきたね。いらっしゃい」
くらいの距離感で、
自分の症状を受け入れられるようになります。
「不安も自然な自分の一部」
という考え方もありますが、
治療が必要なほどの不安は、
過剰な思考や行動を引き起こし、
自分を消耗させ続けます。
それを本当に
自分が望んでいるのかどうか。
セルフモニタリングで、
自分の声を聴いてみてください。
ある状況が、
過剰な反応を引き起こしているとき、
もしかしたら、
自分は逆の状態を
望んでいるのかもしれません。
つづきます。
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【追記】
原井宏明さんは、
薬を完全に否定もせず、
依存もしない、
適度な距離感をもたれた
お医者さんだと感じています。

