こんにちは、ぐっちです。
以前も書いたように、わたしの職場では、
子どもじみた意地の張り合いに巻き込まれる、
いわゆる「板挟み」の状況がよく起こります。
(縦割り組織あるある、です。)
声の大きい人は、どこに行っても一定数います。
正直なところ、どの部署に異動しても、
この手の板挟みから完全に逃れるのは難しいと感じています。
つい最近の出来事です。
わたしの部署が提出した資料に対して、
別の部署から、助言なのか指示なのか、
よく分からない横やりが入りました。
わたしはその案件の窓口だったため、
対立する両部署の間に立つことになりました。
ただ、正直に言うと、
その資料自体が形式的で、
あまり意味のないものだと感じていました。
どちらの案でも大差はなく、
一番大事なのは、
その形式的な仕事に、
これ以上多くの人が振り回されないことだと思ったのです。
メリハリ、です。
会社では「メリハリが大事だ」と
よく言われますが、
実際には誰も踊っていない。
大企業あるあるだな、と感じます。
ところが、横やりを入れてきた部署は引き下がりません。
「こうあるべき」という思いが強く、
それ以外はすべて許せない、という姿勢でした。
本来なら当事者同士で話せばいい話ですが、
両者とも直接対決は避け、
言いたいことだけを、
わたしに投げてきます。
その方が、
自分は消耗しないからです。
言うだけなら、誰でもできます。
だから、言うだけなのです。
こういう状況は、
わたしにとって一番消耗します。
不毛な思考に引きずり込まれ、
必要以上にエネルギーを使ってしまうからです。
そこで、主治医に相談しました。
すると、こんな助言をもらいました。
「両者の意見が甲乙つけがたく、
それが自分の成長につながる問題なら、
悩んでもいい。
でも今回のようなものは、
夕食をカレーライスにするか、
ライスカレーにするか、くらいの違い。
好みの問題です。
好みの問題に、
数学的な正解を出そうとするから、
ややこしくなる。
だから、そのまま相手の意見を
横流しすればいい。」
カレーライスとライスカレー。
絶妙なたとえですよね。
本当にこの程度の差に、
大企業で大人数が集まって、
残業しているわけです。
「いや、その資料作るのに、
いくらコストかけてるの……」
と、心の中で思いました。
この助言で、
わたしの中の視点が一つ変わりました。
「自分の成長につながらないと思った問題は、
無理に悩まなくていいのか」
これは、かなりのコロンブスの卵でした。
増川ねてるさん、藤田茂治さんの
『WRAPを始める』という本にも、
似た考え方が書かれています。
WRAPとは、
「元気回復行動プラン」と訳されるもので、
いわば
「いい感じの自分でいるための取扱説明書」
のようなものです。
WRAPの大切な概念に、
「personal responsibility」
というものがあります。
直訳すると「自己責任」ですが、
少しニュアンスが違います。
これは、
response(反応)と
ability(能力)を合わせた言葉で、
「反応する能力」という意味です。
外部から刺激がやってくること自体は、
選べません。
でも、
それにどう反応するかは、
自分で選ぶことができる。
これは、
わたしたち一人ひとりが持っている力です。
「これは大問題だ」
「自分の成長につながる課題だ」と
全力で向き合うのも選択。
「これはカレーライスか
ライスカレーかの違いだな」と
距離を置くのも選択。
その判断をするのは、
会社でも空気でもなく、
わたし自身だったのだと気づきました。
知らず知らずのうちに、
「会社の空気が絶対」
という選択をしていたのだと思います。
外から来る刺激は選べなくても、
どのような反応をするかは、
自分で選べる。
この視点を持てただけで、
板挟みでの消耗は、
かなり減りました。
つづきます。
最初からお読みいただける場合はこちら↓
