私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

【認知療法】いちいちわざわざコラム表を手書きで書く意味

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、ちょっと足らないくらいの行動で、メリハリのあるエネルギーの使い方ができるというお話しでした。

認知療法の話に戻りますが、コラム表の作業を、「こんなものは頭の中でやったらよいのではないか」「手間の割りにあまり意味がなさそう」「こんなものを書くだけでポジティブ思考に変われるなら、こんなに苦労はしていない」と思われたかもしれません。

以前も書きましたが、「いちいちわざわざ」やるのがミソです。

関連記事:【認知療法】私が実際に書いたコラム表 - 私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

いちいち、わざわざというのは、中島美鈴さんの著書「いちいち他人に振り回されない心の作り方」で教わった考え方です。

 

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コラム表は、わざわざ手書きで紙に書き出すことがとても大切な要素なのです。

私の場合は、コラム表という手札を持つまでは、コラム表に書いたような場面が何十回何百回と頭の中でリピート再生されてエネルギーを使い果たしてしまっていました。

それが、手書きで書き出した後は、ちょっとだけ少なくなったようでした。

自動思考は生理的な反応です。それ自体は否定も肯定もするものではありません。

ですが、否定的な自動思考が頭の中で無限ループしている状態は、常にアクセル全開のエンジンと同じです。

それだけ、脳の消耗も激しくなります。

うつ病という病気があることでも分かりますが、頭のガソリンも有限ですから、自動思考でほとんどのエネルギーを使い切ってしまえば、それ以外のことにエネルギーは使えなくなります。

その点コラム表は、その場面に関する様々な要素を目に見える形で外に出し切り、「もう考えることはない」という気分になることで、ブレーキとして働いてくれます。

考えを外部に出し、完結させる助けになるのです。

もちろん、コラム表を書き出した最初からそういう感覚になったわけではありません。

最初は、とりあえず言われた作業をこなしているだけという感じでした。

ただ、せっかく増えた手札ですから、疲れ切って効きにくくなった思考のブレーキの代わりとして、自動思考をキャッチする度にコラム表を書いているうちに、そういった感覚に近づいていることに気付いたのです。

コラム表に限らず、人に話すとか、思考の無限ループの完結のさせ方を身につけてる人もいますね。

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