うつ病とともに生きるブログ ―続けられるかたちを探して―

東京都庁職員だった2012年にうつ病を発症。再発を繰り返し、2024年に反復性うつ病性障害と診断されて精神障害者となりました。何度も崩れて、そのたびに生き方を作り直してきたからこそ見えてきた道があります。うつ病を打ち負かす敵ではなく、共存する自分の一部として、しなやかにたくましく生きていく道です。このブログは、その過程での気づきを残す、無理をしない自然な生き方のメモ(Art of Naturalway)として、2017年から書き続けています。

消耗していた頃、わたしは「距離」を探していた

こんにちは。

 

この頃、  

「ずっと同じ場所で不満を口にしている人」に  
出会うことがとても多いと感じていました。

 

それは、  
わたし自身がそういう言葉に、  
以前より強く反応していたからかもしれません。

 

例えば、

何をやっても「結局忙しい」と言い続ける人。  
何をやっても「やり方が気に入らない」と言う人。  
自分は動かず、評価や注目だけを求めているように見える人。

 

そういう声は、大きく聞こえます。  

 

そして、なぜか心に引っかかります。

 

「自分の何がいけないんだろう」  
「どう変えたら分かり合えるんだろう」

 

そんなふうに考えて、  
頭の中で何度も反芻していました。

 

でも正直に言うと、  
この頃のわたしには、  
そこから何かを学び取る余力はありませんでした。

 

疲れていたのだと思います。

 

もし本当に不満があるなら、  
離れるという選択もある。  
自分で動くという選択もある。

 

そう思う一方で、  
わたし自身もまた、  
環境を変えきれない場所に立ち続けていました。

 

だからこれは、  
誰かを裁く話ではなく、  
「当事者になり続けることに、疲れていた自分」の話です。

 

その頃のわたしは、  
変化しない人たちを見るたびに、  
「このまま同じ場所に留まり続けたら、  
 自分もこうなってしまうのではないか」  
という恐れを、強く感じていました。

 

だから、  
距離を取りたい。  
巻き込まれたくない。

 

そんな思いが、  
言葉の強さとして表れていたのだと思います。

 

分かり合えるかどうかよりも、  
まずは自分をすり減らさないこと。

 

その感覚だけは、  
当時のわたしにとって、  
切実なものでした。

 

そう考えていた、  
四十一歳の秋の記録です。