Restart with True Engine

長時間労働で発症したうつ病と3度の休職をきっかけに、全てがハッピーに向かうブログ。今の苦しさもハッピーエンドにつながる。止まらない不安に悩む方の背中をそっと支えられたらうれしいです。コメント&Twitterメッセージ大歓迎!

変化の時期withコロナ

withコロナって、ほんとにコロナ陽性で自宅療養でした。

 

8月24日から鼻の痒みと鼻水、咳と熱。

あぁこれは副鼻腔炎だ、と思って医者に行って、

薬をもらうも翌日も治らず。

 

抗生物質を貰おうと別の医者に行ったところ、

PCR検査受けよ、というので、

そんんはずあるかい、

とその日の夜に会社の同僚の誕生日祝いに3人でゴハン。

 

で、翌日PCR陽性・・・。

 

一緒にゴハン食べた人が陽性になり、

その人とゴハン食べた人が陽性になり。

職場でクラスター起こしてしまった。

 

どこでもらったんだろ。

ワクチン3回打ってるんですが。

症状は本当に風邪で、

鼻水鼻声の症状が長引いてます。

 

それはそうと、ずっと引きずってた観光協会の事務局長問題。

www.artofnaturalway.com

 

わざわざ、会長副会長による個人面談までやって、

なんとその前に本人から辞表が出されていたとのことで、

あっけなく9月いっぱいで退職になりました。

 

会長からその話をきいたとき、

「眠れないほど悩んでると言っていたぞ」と言われ、

知らんがな、と思ったのはいうまでもない。

徹頭徹尾本人に起因する問題で、

それを支えるのは仕事ではない。

 

問題提起したボク自身に共有しないで、

どのくらい組織の状況がわかっているか不明な人たち(理事会)で決めよう

という姿勢も違和感。

 

ボク自身の幸せが損なわれる。

 

しかも、その事務局長をハンドリングするのがあんたの仕事でしょ。

その分担を棚に上げて、

「事務局長VS次長」みたいに問題を矮小化したのが、

ものすごく不愉快だった。

 

仲良くなるだけで、みんながわいわいやるだけで、

それが会社の存在意義ならそれでいいんだけど、

一応北中城っていう村の観光をなんとかしよう

として集まっているので、そことのバランスは考えてる。

 

「何が正しい」ではなくて、

バランスが偏ってるよね、

という話。

 

バランスという意味では、

「事務局長を支えてやってくれ」とは言われるが、

ボクを支えるのは誰?とも思う。

支えるというか、そもそもみんなやってるんだけど、

えーとあとは何を支えれば。

それを「サポート」というのかな。

それもバランスの問題。

 

で、もうこうなったらさっさと次の事務局長を決めて

新体制で観光のテーマに向き合っていけばいいものを、

10月から3ヶ月間はボクが事務局長代行で、

その間に事務局長を一般公募するそうな。

 

それよ、それ。

ここまで組織を立て直してきて、

へ?その扱いボク?と。

別に評価してほしくてやってたことでなくて、

自分の居心地をよくするためにやってたんだけど、

それでも理解を得られない孤独な組織改革だった。

 

それをここまでやりとげて、

GUCCIパワハラじゃないか

事務局長と次長が仲が悪いのがストレスです

実績を上げてから待遇を上げろ

職員の幸せなんぞ宗教じみてる

とかなんか言われながら一人でやってきて、

けっか事務局長公募って・・・。

 

単純に、ボク自身のモチベーションはどうなの?

なんでボクがそこに応募すると思ってんの?

都庁の時より100万くらい年収低いわけ。事務局長でも。

なんでそこまでこの観光協会のために犠牲になるわけ?

 

 

さらに、そうしたなかで、またスタッフの暴走が始まる。

 

何度もスタッフのベクトルを修正して、

変な方向に行かないように、

全体共有の場も作ってきて、

それでも。

 

観光協会は産業政策です。

地域が「観光で稼げるようになる」ことが目的。

そして、補助金はどんどん減らされていくので、

協会自らも自分である程度稼げるようになって、

補助金依存を下げないと、持続性がない。

この2点が最大の使命。

 

ところが、この「経営」という視点がスタッフは

これを「地域貢献」と履き違える。

すぐ履き違える。

そうすると何をやり出すかというと、

ボランティア。

観光と全然関係ないイベントに人を出すとか。

清掃活動を取材するとか。

 

それ、コミュニティ活動でしょ。

休日にやってよ。

しかもそれを、勝手にやる。

 

いつの間にか進めている。

 

もう何度目だ。

仕方ないんだ。

何を報告・相談するかの程度がわからないから。

 

不平不満の裏には期待が込められなる。

話し合いを重ねて、

それを見つけて相利を開発する必要がある。

 

技術として。

 

いやまてよ、それは、「楽しいことに動く」という人として

当然の行動なわけだ。

 

そのときに、そこにブレーキをかけるのはどうなんだろう。

 

うーん答えはわからないし、

「ない」ような気がする。

 

「何を選択すると正解か」

じゃなくて、

「選択したものをたのしむ」

 

もっとも大事なことは、

「ボクが楽しいか」なんだ。

心が躍るかなんだ。

 

それを大事にするために沖縄にきたんだ。

 

組織がどうとか、

スタッフがどうとか、

それはあるとしても、

それを優先させる生き方に飽き飽きして、

沖縄に来た。

 

「彼らの幸せはどうでもいい」

ということじゃなくて、

大事なのは順番なんだ。

 

まず自分の心がワクワクする。

そしてそれを共有する。

その順番がしっくりきたものは、

うまくいきやすい。

 

いまそれがないから、周りに求めすぎている。

いまのボクは、周りに求めすぎている。

誰があれができてない、これができてない、となっている。

 

そもそもコロナで疲れを感じているし。

 

ボクは何に楽しさを感じているんだろう。

 

モヤモヤっとしている。

沖縄にきた。

仕事の量も減った。

 

何か満たされない。

 

これは、「何かをはじめるサイン」なことが多い。

 

去年は、ヨガの資格取得だった。

 

いまは何だろう。

この「何」に気づくためには、

良質な余白が必要なんだ。

 

誰かに聞くのではなくて、

良質な余白のなかで、自分自身に聞く。

 

それがボクが選択した人生。

 

ずっとやりたいと思って、

ずっと後回しになっていること、、、

「英語」か。

 

もしかして。