沖縄に移り住み、
ある地域組織で働き始めて、
しばらくの時間が経ちました。
少しずつ手応えを感じる場面もありますが、
正直に言えば、
組織が変わるスピードと、
周囲が期待するスピード、
その両方に挟まれて、
心身ともに消耗している時期でもありました。
変化を求める声、
現状を保ちたい空気、
外からの無責任な評価。
それらが同時に押し寄せる中で、
自分の回復や休息は、
後回しになっていきました。
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日々、地域の行事や会合、
さまざまな場に顔を出しながら、
組織の存在感を高めようと動いていました。
その結果、
休むための時間は削られ、
帳簿上の休暇だけが増えていく。
「この働き方は、長く続くのだろうか」
そんな問いが、
何度も頭をよぎりました。
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ただ、時間が経つにつれて、
一つ、はっきりしてきたことがあります。
状況を少しずつでも前に進めてきたのは、
誰かの助言や掛け声ではなく、
自分自身が「これはやる」と決めて、
折れずに動き続けた結果だった、
ということです。
周囲の言葉の多くは、
その場ではもっともらしく聞こえても、
実際には何も変えませんでした。
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変化を起こそうとすると、
当然、摩擦が生まれます。
不快に思われることもあるし、
距離を取られることもあります。
それでも、
自分は「変わる」「変えていく」側に立つ、
そう選んだのだから、
ある程度の反発は引き受けるしかない。
そう腹をくくる場面が、
何度もありました。
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ある時、
組織の中での発言や振る舞いについて、
全体に向けて注意を促す必要が生じました。
組織の外に、
内部の不満や断片的な情報が漏れ、
それが巡り巡って、
仕事をやりにくくしている。
そんな兆しが見えてきたからです。
内容としては、
「発言の影響を考えること」
「問題があれば、まず内部で向き合うこと」
といった、
ごく基本的な話でした。
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そのメッセージに対して、
さまざまな反応がありました。
評価も含めて受け止めたい、という人。
仕組みを整えることで解消できるのでは、という人。
そもそも対立や摩擦自体を避けたい、という人。
それぞれの立場や価値観が、
はっきりと表に出た瞬間だったと思います。
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それらを読みながら、
正直、気持ちが沈む部分もありました。
「自分はどうするのか」
「自分の行動として、何を引き受けるのか」
そこにまで踏み込まない言葉が多く、
責任の所在が、
どこか宙に浮いているように感じたからです。
ただ同時に、
ここまで関与すること自体が、
自分の役割の範囲を超えているのではないか、
という感覚も強くなっていきました。
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最終的に、
一つの結論に至りました。
すべてを分かり合おうとしない。
すべてを背負おうとしない。
自分がコントロールできることと、
できないことを、
はっきり分ける。
そして、
自分の「信」に照らして、
進む方向を選ぶ。
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雰囲気が多少ぎくしゃくしたとしても、
それは変化の過程で起こる摩擦だと受け止める。
誰かの価値観に合わせて、
自分の判断や行動を縛ることの方が、
長い目で見れば、
組織にとっても、自分にとっても、
よくない結果を招く。
そう考えるようになりました。
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ここまで踏み込むことは、
自分の役割の外かもしれません。
それでも、
当時の自分にできる選択としては、
これ以上ないところまで来ていた、
そう感じています。
この経験は、
自分にとって、
「何を手放し、何を守るのか」を
はっきりさせるための通過点だったのだと思います。