相性の悪い人というのは、
どこにでもいます。
問題は、
いるかいないかではなくて、
その相手と、
どのくらい深く関わるかだと思います。
特に、わたしが相性が悪いと感じるのは、
人によって態度を変える人。
陰口を言う人。
今関わっている組織の中にも、
そう感じる相手がいます。
ある場面で、
スタッフがその人と調整に行ったことがありました。
しかし、
話し合いというよりも、
「この組織は必要ない」
「自分の事業を支援すればいい」
という話が続いたようです。
これは、
これまでにも何度か見てきたパターンでした。
一応、
組織のトップ層にも共有しました。
正直なところ、
できれば、
そういう関わり方をしなくてすむ方向に
進められないか、
という思いもありました。
しかし返ってきたのは、
立場のある人間が対応すべきだ。
うまく引き出しながら、
建設的なアイデアにつなげるべきだ。
という意見でした。
頭では理解できます。
でも、
どうしても強い抵抗感がありました。
なぜか。
相性が悪いからです。
以前、
組織の方針を決める場面でも、
論点がずれた反対が続き、
前に進みにくい状況がありました。
もちろん、
感情を入れずに、
相性の悪い相手をうまく扱うことができる人が、
優れた経営者なのだと思います。
でも、
問題は、
わたし自身の気持ちでした。
これまでのわたしは、
自分の気持ちに寄り添わずに、
「やるべきだから」という理由で、
相性の悪い相手とも付き合ってきました。
それは、
わたしが本当にやりたいことではありませんでした。
わたしは、
優れた経営者であることよりも、
気持ちよく仕事をすることを、
大切にしたいと思っています。
相性の悪い相手でも受け入れるべきだ、
という同調圧力は、
これまで日本に何を生んできたのでしょうか。
わたしは、
相性の悪い相手と付き合うことに、
人生の多くの時間を使ってきました。
その結果、
正直に言うと、
かなりしんどく、
幸せではありませんでした。
だからこそ、
別の人生を味わってみたいと思い、
いま、ここにいます。
相性が悪く、
共感し合えない相手とは、
何かを形にするところまで
たどり着きにくい。
この一年で、
組織のチームは、
少しずつ良い方向に進み始めました。
その流れが止まる場面を振り返ると、
いつも、
こうした相性の悪さが関係していたように感じます。
感覚的には、
これがなければ、
もっと速く進めていたのではないか、
と思うこともあります。
そこから新しいアイデアが生まれたこともあります。
ただ、
同じことをするのに、
倍の時間とエネルギーを使う意味は、
まだ見出せていません。
何より、
自分の心地がよくありません。
大事なのは、
何かをやって、
そこから良くしていくことだと思っています。
でも、
そこに至る前に、
心がすり減ってしまう。
多くの組織では、
陰口を言わず、
他人を思いやる人ほど、
疲弊していきます。
だからこそ、
わたしは、
別の形を選んでみたいと思っています。
自分の心地よさを、
判断基準にした人生です。
どちらが正解、という話ではありません。
カレーを選ぶか、
シチューを選ぶか、
その程度の違いです。
わたしはこれまで、
カレーを食べ続けてきたので、
いよいよ、
シチューを選んでみようと思っています。
その先に何があるのかは、
食べてみなければ分かりません。
何度も同じことを書いていますが、
大事なのは、
相性の悪い相手で、
自分の選択を決めないこと。
歩みを止めないこと。
それが、
いまのわたしの結論です。