変化を始めた時に感じる郷愁を、わかりやすく「元カノからのメール」と表現したTさん。
そのメールにつられてフラフラついていくかどうかは、自分次第ですね。
つまり、なんでも自分が決めてるし、答えは自分の中にあるってこと。
今の自分のあり方も、味わいたい感情を味わってきた結果。
それだけのことで、良かった悪かったとジャッジするものではない。
楽しさを味わうことが良くて、不安を味わうことが悪いってジャッジすると、とたんに苦しくなる。
ところで、過去に対してはそう向き合ったとして、未来に対しては?
未来の不安に対してはどう対処する?
Tさんの怒涛の質問は続きます。
ぐっち
でもやっぱり、うつ病っていう恐ろしいものを知っていると、「またああなったら・・・」って思わなくはないんですよ。
Tさん
もしまたああなったらどうなると思う?
ぐっち
そのときって、なんというか、不安120%みたいになっちゃうんですよ。
それ以外に頭に余白がなくて、何も入ってこれない。
完全に飲まれてる。
Tさん
そしたら、それを体験してみて分かったことってなんですか?
ぐっち
・・・
「ユダヤ人大富豪」の本を読んでいるときに出てきた言葉で、「感情のエネルギーは人生のコントロールを奪えるくらい大きい」って言葉があって、それかもしれない。
Tさん
さっきの「BE」が、感情になっちゃってる状態ですね。
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わたし不安人間ですって。
不安アイデアしか出てこない。
誰にでも不安はあるから、「不安あるよね」でいいんですよ。
別に不安をなくさなくていい。
不安がなくなるまで修行しなきゃいけないんじゃ、もはや仙人じゃん。
だから、あっていいから進んじゃうってことです。
例えば、「告白して断られるかな」みたいな不安もあるわけじゃなないですか?
それも、告白してみないと分からないじゃん。
告白しちゃったら断られたとしても、次にいけばいいわけだから。
ぐっち
「不安も自分の一部だよね。それと一緒に行こうか」みたいな。
Tさん
そうです。
ぐっち
「うつ病になるかもね」っていう不安と一緒に進んでいく。
Tさん
そうです。
逆に言ったら、「うつ病になってもいいぜ」くらいで進んでいく。
ぐっち
それ楽ですよね。
・・・あ。
でもちょっとその開き直りあるかな。
去年お話して、やりたいことやらないでこのまま人生終わることもできちゃうんだなって思いました。
自分で「いつか」と思っているものを「今」にしていかないと、このまま過ぎていくんだなと。
Tさん
そうです。
誰も叶えてくれないから。
ぐっち
「いつか叶うはずだって苦しんでても、そのまま終わりそうだぞ」って。
Tさん
あれ来世になっちゃったぜ。笑
来世もかなわないぜ。笑
ぐっち
そうそう。笑
デフォルトの思考が、「幸せな老後を送るために、今の苦しみを選択する」なんですよ。
Tさん
なにそれ!?武士!?笑
ぐっち
「それ絶対幸せな老後にもならないな」って。
Tさん
絶対ならないよね。
今ありたい気持ちで、どういう人とつながりたいかってこと。
別に、誰かを救わなくてもいいんだよ。
自分のことを変えなきゃとか思わない。
(鳥虫獣草木花の)自然の方が変わるじゃん。
自然にしてた方が変わるんだよ。
ぐっち
確かに自分も、「変わろう」って思っていたわけじゃなくて、自然にしてたら周りから見ると人が変わったって言われてる。
Tさん
別にうつ病が悪いわけじゃないと思うのね。
それはその時味わいたかった感情だから、それがどうかっていう区別を止めてもらって、それを含みの自分にしてもらいたいのね。
経験したよってことは大きな財産です。
わたしは不安120%って経験したことないから、それすげーなって思うから。
幼少期からそう思ってたとしたら、その世界を現実に作り出すじゃん。
それって、自分のデフォルト(初期設定)を変えてけばいいだけだから、そんなに難しいことしてない。
だけど、気づくか気づかないかなんです。
ぐっち
いままでの自分の発想だと、自由に生きるための魔法のような方法があると思ってたんです。
で、その魔法を使える特殊能力を持った人たちがいて、そういう人たちは自由な生き方ができるんだって。
Tさん
思ってたんだ。
全員できる。
全員できるし、全員その力を持ってるよね。
発動させるかどうかだよね。
ぐっち
そういうことですね。
今日はロイヤルミルクティー飲みたいか、オレンジジュース飲みたいかってことですね。
Tさん
明日は別のものが飲みたいかもしれないし。
ぐっち
それを、「ロイヤルミルクティーを飲まなきゃいけない」と選択し続けていると、ずっとその世界に居続ける。
ずっとロイヤルミルクティーの味しか知らない。
Tさん
そうです。そのとおり。
ぐっちさん絵を描くの得意?
ぐっち
ん〜どうかな。
昔はアニメーターになりたかったので、うまく描かなきゃって思ってて、楽しくなくて、自分の絵に対するイメージはそこで止まっちゃってる。
Tさん
ずっと送られてきてるのが、絵でブログ書いたほうがいいよってこと。
その方が分かりやすいから。
例えば、さっきの不安120%の状態を絵で描いてみたら、周りには伝わりやすいと思うんだよね。
しかも自分も分かりやすいじゃない。
いまは言葉で書いてるんだけど、言葉って、受け取り方が人によって違う。
絵だったら、一生懸命伝えたいと思っていることが、一枚とか二枚で伝わっちゃうかもしれないじゃない。
それどう?って思って。
ぐっち
確かに、Tさんの記事をブログで書いたときに、「愛ってどういうことですか?」って言われたことがありました。
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Tさん
絵を描いた方がポジショニングも早いし。
ほんとはぐっちさんユーモアたっぷりだから、おもしろいと思う。
どんな感じでもいいんです。
ぐっち
いまの話で思い出したんですけど、昔はすごい明るい人間だったんですよ。
親戚から「嵐」って言われるくらいワチャワチャした子供だったみたいで。
それが世の中のルールを知っていく中で、「そういう風にしてたら人から嫌われる」ってどんどん頑なに、もともとの気質から外れたようになっていった。
つづきます。
ぐっち