うつ病とともに生きるブログ ―続けられるかたちを探して―

東京都庁職員だった2012年にうつ病を発症。再発を繰り返し、2024年に反復性うつ病性障害と診断されて精神障害者となりました。何度も崩れて、そのたびに生き方を作り直してきたからこそ見えてきた道があります。うつ病を打ち負かす敵ではなく、共存する自分の一部として、しなやかにたくましく生きていく道です。このブログは、その過程での気づきを残す、無理をしない自然な生き方のメモ(Art of Naturalway)として、2017年から書き続けています。

昇給

何度か書いてるように、私のお給料は年収ベースで300万にいきません。

 

気軽に旅行も行けないし、将来に備えての貯蓄、投資も限られます。

 

その、じわじわ真綿で締め上げるようなストレス、日常的に負わなければならない我慢が、多少なりとも私の余裕のなさに関係しているのが正直なところです。

 

また、評価、給料の見通しなく、一方的と思われる会社からの期待もストレスでした。

 

他人と比べることはヘルシーではないと思いつつも、幼さの目立つ境界域知的障害の同僚と同じ給料であることも気になっていました。

 

そうした、ある日、上司との定例のミーティングで、昇給が伝えられました。

 

会社の制限いっぱいの最高評価でした。

 

外資系ですが、ポストが変わらないと劇的に給料にも反映されないので、ドラスティックな変化ではありませんでした(まだ年収は300万以下です)が、うれしい出来事でした。

 

世界を代表する外資系メーカーで、最高評価をもらうことには、働き方、という点で意味のあることだと思います。

 

自分で言うのもなんですが、公務員の中では能力主義の東京都庁でも最高評価をもらったことがあります。

 

沖縄の観光会社では、評価されて組織のトップを担うことになりました。

 

正直、入る前は外資系という響きに、そうとう仕事の進め方が違うのかな?と想像していました。

 

しかし、働いて一年たって思うのは、大きな違いはない、ということです。

 

ただ、そこで働く人のキャラクターには大きな違いがあるように思いました。

 

もちろん、タイムイズマネーのアメリカ系海外資系だともっと感覚は違うのかもしれません。

 

そして、あくまで障害者雇用としての評価であることも理解しています。

 

ただ、それらを踏まえて何が言いたいかというと、**『私たちは、私たちが思うほど、完璧でなくてもよいのではないか』**ということです。

 

私は、東京都庁に入り、本庁舎で働き出した頃、周りの優秀さに挫折感を覚え、すぐに上司に、ここではやっていけない、と相談したことを覚えています。

 

また、沖縄に転職した際も、公務員とは勝手が違ったことから、焦りを覚えたこともありました。

 

しかし、結局はどちらも私が想像の怪獣を作り上げていただけでした。

 

経験を積んで思うのは、仕事、というか会社に全額ベットしないことの大切さです。

 

仕事、会社というのは、あくまで私たちを構成する一部に過ぎません。

 

無論、そこで全力に前に進む人に輝きも感じます。

 

ただ、それは一つの生き方の形にすぎないと思うのです。

 

私がそれ以上に重要だと思うのは、「生命感を抱く生き方をしているか」ということです。

 

これこそが、生きがいであり、生きる意味であり、魂の輝きだと思うからです。

 

自分は何に生命感を持つのか、それに気づかせるために、宇宙はさまざまな仕掛けをしてくるように思います。(私の場合はうつ病)

 

それが、生きる「醍醐味」です。

 

そして、自分自身がセルフアウェアネスをキャッチし、自己決定し、行動していくことで、生命感はクリアになってきます。

 

このプロセスを治療に応用したのが、アクセプタンス・コミットメントセラピー(ACT)です。

 

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