こんにちは、ぐっちです。
とてもありがたいことに、発売した電子書籍『うつ病とともに生きる本:分からなくても、続けていく』に感動的なレビューをいただいています。
「圧倒的リアリティ」
「本書はきっと読者の心に何かを残します。それは小さな一滴かもしれません。でも、その一滴が、再び歩き出す力になるのです。 著者の誠実さと勇気に、心からの敬意を込めて。本書が多くの方に届き、静かな共感と理解の輪が広がっていくことを願ってやみません。」
「 立ち止まりたいときや迷っているとき、ベンチの隣で静かに語りかけてくれる友人のような本でした。」
「 西洋医学、心理学、スピリチュアル、体と心についての深い洞察と著者ならではの体験が綴られた唯一無二の内容。」
「 今うつ症状に悩まされている人も、それを支えたいと思う周囲の家族、仲間や職場の人など、どの人が読んでも、うつを実体験として共感を持って受け止めることができて、教科書のような表現に止まらない、深い気づきが得られると思う。また、これだけ冷静に当事者として書きつらねた記録は、今困っている人に見通しを与えてくれると思う。」
本当にありがとうございます。
電子書籍を出してみて、あらためて感じたことがあります。
ブログと本は、似ているようで、やっぱり違うなあと。
小さく行動してみる。失敗してもいいから。
その行きつ戻りつのなかで、見えてくるものもある。
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ブログは「点」の記録
ブログは、そのときの体温のまま書いてます。
胸が5なら、5のまま。
少しあたたかいなら、そのまま。
神に祈るしかないほど落ち込んだ時もそのまま。
整っていなくていいし、途中もいい。
ブログは、時間の中に置かれた「点」だと思っています。
その日の呼吸、その日の揺れ。
それを、そのまま残してきました。
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本は「線」を見つける作業
一方で、執筆作業をしながら、結果として私がやっていたのは、900を超える記事を俯瞰し、あらためて並べ、削り、整え、朧げに見えてくる構造を掘ること。
すると、不思議なことに、自分でも気づいていなかった「線」が見えてきました。
点たちは、実はゆるやかに同じ方向を向いていました。
本を書くというより、線を見つける作業だったのかもしれません。
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なぜ、いま本にしたのか
では、なぜいま、決して調子が良いとは言えない状況で、わざわざ本にしたのか。
それは、なんとなく嗅覚的に感じていた揺れのなかで見えそうな線を、同じように揺れている誰かに、そっと感じて欲しかったからです。
わたしはいまも途中です。うつ病と共存している最中です。
だからこそ、完成形ではなく、「途中の線」を置いておきたかった。
途中でも続いていく。分からなくても続いていく。
分からなくても、続けることができる。
そのなかで、かすかに見えてくる何かがある。
もしあなたが、
・元の自分に戻れないと感じている
・何度も立ち止まっていると感じている
・世界から孤立していると感じている
そういう状態にいるのなら、点の中にいても、いまは見えていなくても、線はあるということを、かたちにして届けたかったのです。
いまは見えなくても、焦らなくていいということを、言葉にしておきたかったのかもしれません。
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点と線を行き来しながら
本は、線をいったん静かに置いたもの。
ブログは、また点に戻る場所。
わたしはこれからも、点と線を行き来しながら書いていくような気がしています。
どちらも、誰かの隣に座るための形。
よろしければ、「うつ病とともに生きる本:分からなくても、続けていく」、手にとってくださったらうれしいです。