だいぶご無沙汰しています。
障害者雇用で入社して8か月。
ぼちぼちやっています。
わたしの感覚だと、
年単位のスパンで物事を考えているため、
とりあえずは低空飛行でも出勤を続けられていることは大きな成長です。
ところが、
障害者雇用担当のわたしの上司はそうではないようです。
以前にも書いた通り、
私たちの目標は「安定して継続的に働くこと」ですが、
おそらく上司の考えてる目標は、
「早く成長して一人前の社員にすること」
と思われます。
まだ8か月ですが、
「見守り」は次第に「監視」に変化してきています。
上司から必要以上に監視されていると感じることに、
「心理的安全性」が低下しています。
当初はこまめにあった上司からの私たちの体調を配慮した声掛けはなくなった一方、
声掛けされるときは新しくルールが追加されるか、
突然の新しい仕事の依頼のときなので、
私たちは「次は何を言われるのだろう」と声掛けをプレッシャーに感じるようになっています。
また、そうした相手に対してこちらも「本音で話して大丈夫だろう」という安心感は低下しています。
わたしに薬が追加されたことを報告したある日の上司との1on1での、
「一般的には、風邪の治りかけのときに新しい薬を追加しようとはならないので、このタイミングで薬が追加されることに違和感がある」という発言も、
私たち障害者は、
大なり小なりつらい葛藤を抱えて障害者として生きることを選択しているため、
風邪などとの比較に非常に敏感であり、
心理的安全性を下げる要因となっています。
正直、とてもショックな発言でした。
そうしたことから、
体調不良時やもう少しこうしてほしいなどの
風通しの良い話し合いができる環境ではなくなっています。
追加されるルールも、
・離席時はPCの蓋を閉める
・毎日PCはロッカーにしまう
など些細なもので、
上司自身も「他の人はできていない」と言っているように、
私たち以外にそれほど厳格にやっている様子は見受けられません。
本来、多少のバッファー(余地)が働きやすさにつながるのだと思いますが、
私たちに対してのみ、
そうしたバッファーが失われつつあるように感じます。
なぜ「私たちだけ」が細かいルールまで指摘されなければならないのか
(本当に必要なことであれば全社的にアナウンスする必要がある)、
納得感はありません。
体調を配慮した温かい声掛けはなくなり、
細かいプレッシャーが蓄積されること。
そして、そのプレッシャーをクリアしていくことにあまり意義を見出せないこと
(ここまでクリアできれば昇給などの明確な基準が示されない)
に、
モチベーションは下がり、
心理的安全性は低下する悪循環に陥っていると思います。
こうなって思うのは、
一般雇用だろうが、
障害者雇用だろうが、
結局は上司ガチャ同僚ガチャだということです。
一言でいえば、
人間関係。
つまり、外的な環境は変わらない。
であれば、やはりわたし自身の柔軟さが大切になってくるのだと思います。
どういう上司に当たっても、
自分が自分らしくある。
省エネでやるのであれば、
省エネを貫き通す。
障害者雇用となっても、
やはり同じテーマに突き当たったというわけです。