続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

距離を感じ始めた職場で、どう在るかを考えている

入社して、2か月半が経ちました。

 

3か月くらいで、  
朝起きてフルタイムで出勤する生活にも  
少しは慣れてくるだろうと思っていましたが、  
まだ疲労感は強く、  
もう少し時間がかかりそうです。

 

それでも、  
日々出勤を積み重ねていくことで  
慣れていくしかない、  
今はそう思っています。

 

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職場には、  
同じ時期に入社した同期が何人かいます。

 

障害者雇用で入った人もいれば、  
一般雇用で入った人もいて、  
立場や働き方はさまざまです。

 

私は中途採用ですが、  
たまたま同じ時期の入社だったこともあり、  
最初の研修は一緒に受けさせてもらいました。

 

皆さん、  
それぞれに優秀で、  
コミュニケーション能力も高く、  
刺激を受ける場面も多くあります。

 

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障害者雇用であることについては、  
会社側から積極的に周囲へ共有されることはなく、  
私たちのタイミングで、  
少しずつ打ち明けていきました。

 

最初は驚かれましたが、  
温かい言葉をかけてもらうことも多く、  
懸念していたような  
あからさまな差別的な空気は感じませんでした。

 

……少なくとも、  
最初のうちは。

 

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時間が経つにつれて、  
仕事内容や働く場所の違いもあり、  
同期同士でも、  
自然と接点が減っていくのは理解できます。

 

ただ、最近になって、  
以前は普通に話していた人の中に、  
距離を取られているように感じる相手が  
出てきました。

 

会えば軽く挨拶はするものの、  
それ以上の会話はなく、  
視線を合わせることも減った。

 

こちらが何かした覚えはなく、  
理由も分かりません。

 

分からないままだからこそ、  
余計に引っかかるのかもしれません。

 

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周囲の多くの人が、  
障害者雇用という立場を理解した上で、  
穏やかに接してくれているだけに、  
その変化は目立って感じられます。

 

同期で集まる場でも、  
話題に入れない感覚があり、  
場の空気が微妙にずれていくのを  
肌で感じています。

 

これは何なのだろう、と  
考えずにはいられません。

 

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正直なところ、  
「ラベルによって距離を置かれているのではないか」  
と感じてしまう自分がいます。

 

断定はできません。  
相手の事情や考えは分かりません。

 

それでも、  
そう感じてしまうほどの変化があった、  
という事実は残ります。

 

この感覚は、  
決して初めてではありません。

 

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障害を抱えるようになってから、  
人との関係が静かに変わっていく場面を、  
これまでにも何度か経験してきました。

 

それが、  
相手の価値観によるものなのか、  
こちらの状態がつくる空気によるものなのか、  
はっきりとは分かりません。

 

ただ、  
その積み重ねが、  
人を孤独にするのだと思います。

 

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悔しさがないと言えば、  
嘘になります。

 

ラベルで判断されたように感じるとき、  
やはり心は揺れます。

 

それでも、  
他人の価値観を変えることはできません。

 

だから私は、  
自分なりの幸福や納得を、  
自分の手で追求していくしかない。

 

そのスタンスに、  
変わりはありません。

 

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悔しさがあるからこそ、  
私は考えることをやめません。

 

自分がどう在りたいのか。  
どんな距離感で、  
世界と関わっていきたいのか。

 

今はまだ、  
その途中にいます。