5月になりました。
新しい職場に相談したら
OKだっので、
ピアス入れました。笑
前の仕事だと
さすがに無理だったので。
前の仕事といえば、
4月30日をもって、
ボクは14年1ヶ月働いた
東京都庁を退職しました。
そう。
ずっとこのブログで
「東京の大企業」と
ぼかして書いてきた会社は
東京都庁
だったんです。
実は。
個人の情報発信におおらかな組織ではないので
伏せてましたが、
実はぐっちは公務員でした。
ボクが個人的に組織に対して思うことは書いているけど、
契約情報とか守秘義務に該当することは書いてないので、
退職を機に公表することにしました。
公務員だからこそ、
3度の休職でも、
仕事を続けられたとも言えます。
落ち着いて体調の回復を待てた時期もあります。
一方で、
公務員なので振り回された面もあります。
公務員といえば
異動です。
2〜3年で異動を繰り返します。
異動=部署が変わること
仕事の内容が変わります。
人間関係もリセットです。
ボクは14年の在職で、
7つの部署、11の仕事
を経験しました。
人が入れ替わる
仕事が変わる
年度始めの混乱は
何度経験しても慣れません。
3月26日に異動を言われて、
4月1日には新しい部署で新しい仕事をしている
というような状況です。
異動に割く組織のエネルギーはとてつもないですが、
どのくらい都民暮らしやすさにつながっているのか
ボクは疑問でした。
ボクには、「異動」は役所の伝統芸のように見えていました。
また、多くの職員は
真面目に一生懸命働いていますが、
仕事をしない、できない人でも
処分さえなければ、
昇給を続けられます。
逆に、
命をすり減らして仕事をしても、
仕事をしない、できない人と
待遇の劇的な差はありません。
この点は、
都庁に限らず
特徴的な公務員のメカニズムです。
この組織メカニズムは、
仕事をしない、できない人を産むようになっています。
そりゃ、
待遇に差がないなら楽したい。
という人が出てくるのは当たり前のことです。
その人がどうというよりも
組織がそういう人を生むようにできているんです。
そして、そういう人たちがいる分、
仕事をやる、できる人には仕事が集中します。
異常なくらい。
そうしたなかで
「なぜ頑張るのか」という疑問を持ちやすく、
とてもモチベーションを
保ち続けにくいメカニズムです。
ボクには、
都庁は組織としては砂上の楼閣に思えます。
すでに崩壊寸前。
なぜなら、優秀な人の
モチベーションを保てないのですから。
企業なら、倒産寸前。
それでも組織が回っているように
「見える」のは
本当に命をすり減らして頑張っている人がいるからです。
これは、比喩でもなんでもなく、
本当に命をすり減らしています。
国の新型コロナウイルス対策部署で
残業が月360時間というのが
ニュースになりました。
これ、計算すると
寝ている以外はほぼずっと仕事をしていることになります。
過労死基準と言われる80時間の
4.5倍です。
やばいですね。
法案の条文ミスが話題になって
野党が緊張感が足りないと言ってますが、
足らないのは緊張感じゃなくて人です。
やっている人は超絶一生懸命やってます。
しかし、長い不景気で公務員を減らし続け、
一方で事業は増やし続けた結果、
あまりにも組織から余裕を奪ってしまいました。
するとどうなるか。
新しいことに対応できなくなります。
組織が変化できない、
硬直化したものになります。
そりゃ、皆目の前のことにいっぱいいっぱいな状態で、
デジタルトランスフォーメーションに対応しろ
という新しい課題が出たところで、
それをじっくり検討する人も金もありません。
とにかく目の前の仕事をさばききるには
前例踏襲がもっとも効率的な方法です。
オリジナリティーやクリエイティビティーは
余裕があるから生まれてくるんです。
財政の硬直化
(使途がほぼ決まっていて、自由に使えるお金がないこと)
はよく言われますが、
多分日本のいたるところで、
人の硬直化が起きています。
ボクが何度か経験した、
誰かに何かあった時にフォローことも
他の人の「頑張り」にだけ委ねられてます。
どこまでも根性論よ!
その結果、
日本はIT化の世界的な潮流に
完全に乗り遅れ
今もFAXが使い続けられています。
それ自体が問題なのではなくて、
それすら変化させる余裕がないことが問題なのです。
都庁でも、
ハンコを減らす
という知事の指示のもと
ハンコをほぼすべて署名に置き換えられました。
あれ、ハンコを減らしたのってなんのためだっけ?
これぞ場当たり的。
しかし、ハンコをなくすことの影響は行政のあらゆる面に及び
それを海外の事例なども調べつつ
日本の文化に馴染み利便性を高めるように
検討するには、
そうとうな仕事です。
こういう本質的なところに手をつけられる
人的余裕がないのです。
ましや、
都庁はオリンピック・パラリンピックに新型コロナウイルス対策
という定例外の巨大事業を抱えています。
そこに、小池さんはDX化を加えました。
最近は組織のこうした面が知られるようになり、
国家公務員の応募者は減りつつあるようです。
仕事自体にモティベーションが見出しなくいと、
優秀な人は組織内政治に
関心が行きがちだったように思います。
誰がどこの部署にいったとか
誰々がどこぞでポカをやらかした
というような。
それをゲーム的に楽しむ
という道もあったと思うのですが、
ボクにはまったく興味がありませんでした。
ボクは、
この組織がエネルギーを向ける先とは
違うところに向けたかったのです。
これが、都庁を離れた最大の理由です。
都庁にるかぎり
ボクはそこではないと思っているところに
エネルギーを向け続けなければなりません。
ボクにとって生きるとは
エネルギーをどこに振り分けるかを選択することなのです。
別に、生き生きと仕事をして
都庁の政策に自分の想いを反映させている人もいます。
その方たちは、
そこ!そこ!そこにエネルギーを注ぐんだ!という仕事と会えたので、
それはそれですばらしいことです。
そういえば、
ボクは石原、猪瀬、舛添、小池知事時代を経験していますが、
小池都政のときに、
小池さんが職員に意見を募る目安箱を設置し、
最初面白くて色々投稿して、
東京都の政策になったものもあります。
(朝日新聞より)
小池さんの
目立てば良くて中身がないやり方に飽きて
30本くらいで投稿は止めました。
ボクに余裕があれば、
個性的な方たちもおおらかに
受け流せたかもしれません。
環境が全てではない
とは思います。
「環境をどう捉えるか」
で環境の意味も変わってきます。
都庁の中でのボクなりのやり方を追求する
という方法もあると思います。
ましてや都庁ですから、
自分が辞めると言わない限り、
辞めされられることはありません。
でも、さすがに3度休職を経験して、
「個性的な」方たちに振り回されていることで、
「このまま人生終わっちゃうんじゃないか」
と思うようになりました。
環境を変えたらどうなるんだろう?
でも、公務員を辞めることは片道切符。
慣れているからと戻ることはできません。
(経験者採用で公務員試験を受け直さない限り)
ましてや、公務員試験は大変。
二度とやりたくありません。
その葛藤をずーっと続けてきたような気がします。
この葛藤にエネルギーを使ってしまっていた気がします。
都庁は、
アニメーターを目指していた芸術学部卒のフリーターを
採用してくれました。
大好きな人、
尊敬する人、
との出会いもありました。
都民の生活に直結する仕事に
やりがいを感じたこともある。
どういう土で木を育てるか、
という話なのかもしれません。
一瞬一瞬を味わう感覚
という木を、
東京という土地で育てることもできると思います。
ただ、その土で育てることに
向いている場合と、
向いてない場合はあると思います。
ただ、ボクは
これからは沖縄という土地で育てることにしてみた
というだけです。
色々書いてきましたが、
あくまでボクという人間からみた「都庁」の話です。
公務員の話
と一括りにはできません。
国の官庁になれば話は違うし、
他都府県も市町村も文化は違います。
ボクは、東日本大震災復興支援で
東北のある県庁に派遣されていたし、
新型コロナウイルス対策で保健所に派遣されていたこともあるので、
余計そう思います。
なかなか、この話はつきないですね。
また機会があったら書きたいと思います。