Restart with True Engine

スーパーマンと言われたサラリーマンが、適応障害、うつ病、自律神経失調症で3度の休職を経験したからこそ、試行錯誤の中で気づけた「素の自分を引き出して楽しく生きるヒント」について書いてます。最初から読むとうつになった自分を前向きに受け入れていく変化が分かって面白いので、よかったらじっくり読んでみてくださいね。コメント&Twitterメッセージ&質問大歓迎です!!

夫のちんぽが入らない

こんにちは!

人生を自然で豊かにするヒントを紹介していくブログ「Restart with True Engine」のぐっちです!

 

パートナーのちんぽ入らなかったらどうします?

いや、マジで。

ローション使っても、閉ざされた門を無理やりこじ開けるように、激痛とともにめりめりと裂けることしかなかったら?

 

熱に浮かされながらブログ書いてます。

別に扁桃炎や副鼻腔炎で高熱が出たワケじゃなく、『夫のちんぽが入らない』という衝撃的なタイトルの本を読んだから。

 

どうにも、世間の人は夫婦の間でちんぽは当然入るものだと思われているし、まさかそんな問題があるとは考えもしない。

しかし、著者こだまさんの夫のちんぽは、こだまさんにはどうやっても入らない。

20年近くも。

夫以外のちんぽは入るにも関わらず。

というと、おもしろおかしいエッセイのように見えるけど、

共に教師となった夫婦に訪れる、学級崩壊、うつ状態、夫の風俗通い、出会い系サイトで見ず知らずの人と持つ肉体関係、自己免疫疾患の難病、夫のパニック障害。

という、かなりインパクトの強い

実体験に基づいた物語です。

そう、これはどこかの地方都市(おそらく東北)に住む実名も素顔も明かしてないこだまさんの実体験がベース。

そう、こだまさんは、自身が作家であることを夫にも周囲にも明かしていない覆面作家なのです。

しかも、夫のちんぽが入らないか誇張でもなんでもなく、本当に入らない。

入れようとしても激痛と局部が裂けて、絶え間なく流れる鮮血。

本当に入らない。

冗談でなく、真剣な問題です。

セックスの象徴が閉ざされた時、はたして2人の選択は?

 

タイトルかなずっと気になってましたが、こだまさんの新刊『いまだ、おしまいの地』が発売された記事を読んだのをきっかけに、ちょうど秋のシルバーウィークも副鼻腔炎で外出する気にならないし、一晩で読み切りました。

 

それで、いま熱を持ってるわけです。感動の熱を。

なんなんでしょう。

一つは、こだまさんの視点かも。

性的な話は、いくらでも下世話にも書けるし、逆にいくらでも深刻にも書けます。

ところが、こだまさんの視点は一貫してどこか丸みを帯びていて、少しユーモラス。

それは、担任として学級崩壊を目の当たりにして、心のバランスが崩れていく時も同じです。

ご本人は「心が弱かった」と書いていて、僕は心には強いも弱いもないと思うけど、こだまさんの描写は、蜘蛛の巣が何重にも絡み合うようなあの時期を、丁寧にすくい取って、客観的に広げ、ほつれた糸を見えるようにしている。

物事に手を抜けない、本当に真面目で優しい方なのかもしれません。

ユーモアは、物事を客観的に観察できないと持てない視点です。

 

そしてもう一つは、「夫のちんぽが入らない」不能な妻に象徴される自己否定感から、うつ状態や自己免疫疾患を通じて、こだまさん自身が世界との心地の良いバランスを探し始める、

気づきの物語

であるように僕には感じたこと。

「普通という病」からの回復。

母親との関係、精神のバランスを崩しての離職、夫との性的関係と様々なことが起きるけれど、こだまさんは観察し続け、他人の評価でない自分と向き合い、文章を書いて表現することで、体感を昇華しているように思えます。

ちんぱが入らない人と交際して20年が経つ。もうセックスをしなくていい。ちんぽが入るか入らないか、こだわらなくていいい。子供を産もうとしなくていい。誰とも比べなくていい。張り合わなくていい。自分の好きなように生きていい。私たちには私たちの夫婦のかたちがある。少しずつだけれど、まだ迷うこともあるけれど、長い間囚われていた考えから解放されるようになった。

これは、僕がこのブログを通じて行っていることと、すごくシンクロしている。

 

こだまさんは、仕事の苦悩を誰にも話せず出会い系サイトに日記を書き込んでいた心境をこう書いています。

立ち直るのか崩れていくのか自分でもわからない。ただ、その過程を黙って誰かに見ていてほしかった。証人のように、そこに存在してくれるだけでいい。姿の見えない誰かに向かって吐き出していた。

声にできなかった声を、自分が存在した証のようなものを、音のない言葉にしていく。

僕がブログを始めたときの心境に通じます。

何度、「あ、この人もあの目には見えない道を通ってきたんだ」と感じたか。

僕には、この本は応援歌に聴こえる。

またここにも、戦友を見つけました。