外出自粛のさなか、すばらしい本と出会えました。
幡野広志さんの「なんで僕に聞くんだろう」
確か糸井重里さんがリツイートされていて知ったんだと思います。
著者の幡野広志さんは、2017年に余命3年の末期がんであることを公表された写真家さんです。
たぶん、ぼくの一つ下。
その幡野さんが、なぜか様々な相談者の相談に答えていくという人生相談本です。
僕は、暖炉のように芯に届くあたたかさをもった幡野さんの言葉に、感銘を受けました。
人生相談というと、よく新聞なんかに載っている、名のある回答者の人生観を押し付けるものを思い浮かべます。
でも、幡野さんの回答は、
おだやかに、ユーモアを持ちつつ、言葉は本質に触れ、相手の本当の望みに寄り添っています。
ようするに、
相手の答えは何かを全力で探っている回答なんです。
自分が答えを持っているとおごっていない、「あなたにとっては何がベストなんだろう」って全力で考えているように僕には見えます。
だから、不幸自慢をしたいだけ(と僕には思える)人たちには、たぶんちゃんとそれを見抜いて、やっぱり本当にその人のためになるよう厳しいことを言う。
例えば、「18歳の娘が非行にはしっている」という相談には、こう回答します。
あなたのことがね、嫌いなの。嫌いどころか、大嫌いなの。
娘さんには間違いなくあなたのことが嫌いになった理由やできごとがあります。あなたは覚えていないかもしれませんが、あなたの言動であることは間違いないでしょう。その嫌いになった過去の出来事に、今も嫌いな気持ちが、毎日ミルフィーユみたいに積み重なっています。
あなたは自分が被害者で、娘さんが加害者と思っているかもしれませんが、まったく逆です。ちょっと前まであなたが加害者で娘さんが被害者だったの。
親孝行という言葉がありますが、これはお金を払い続けた人が老後にもらえる年金のようなものです。
自分のことを大切にしてくれなかった人を、どうして大切にできるんですか?従業員のことを大切にしている企業の社員は会社が好きになるので、楽しそうに働きます。娘さんの「汚い、近寄るな」という言葉に集約されています。
娘さんに変わってほしければ、あなたが変わるしかありません。
(一部省略)
この、回答の行間に込められた幡野さんの愛情。
以前、「死すべき定め」という本を紹介した時にも書きましたが、
死と向き合ったときに生の本質「今」を生きることができる
という気づきと通じ合うものがあります。
関連記事:明日死ぬとしたら、この瞬間どう過ごす?アトゥール・ガワンデ「死すべき定め」 - ナチュラルなイキカタ
だから、幡野さんの回答は、本質を含んでる。
「子供が勉強しない」
という相談には、
1年後の高校受験を考える気持ちは分かりますが、20年後に息子さんが何をして生きるかということを考えることも大切なことだと思います。
と答えるし、
「ガンになった父になんと声をかければ良いか」
という質問には、
相談者さん、あなたが自分で考えてください。
お父さんがどんな料理が好きだったか考えるしかありません。健康な時のお父さんがどんな人間だったか、あなたしか知らない姿があるはずです。考えてわからないなら、今週中にお父さんと話し合ってください。
と答える。
質問者が望む安易な共感(「わかる」とか「大変ですね」)とは違うかもしれないけど、相談者が「本当の望み」に近づくヒントになってます。
さらに、相談者の周りの人のこともひっくるめて考えてる。
みんなそれに気づいているから、幡野さん(写真家さんです!)が「なんで僕に聞くんだろう(特に恋愛相談が多いそうです)」と思うくらい、たくさんの質問が寄せられるんですね。
目先の利益に惑わされないフラットな視点が徹底しているんです。
「彼の親が結婚に反対」という相談には、
明かに失敗する結婚だとしても、失敗をすればいいじゃないですか。離婚すればいいし、失敗の経験を人生にいかせばいいだけです。
子どもが選ぶべきことを親が選んでしまうと、子どもが大人に成長した時に自分で選ぶことも考える力も培われず、失敗を恐れて行動しない、好きなことや自分がやりたいこともわからなくなってしまう大人になります。
失敗をさせないことが、子供の人生を壊す行為だとぼくはおもいます。子どものためをおもってのことかもしれないけど、とても優しい虐待です。
「親不孝者」って子供にいっちゃう親って、素晴らしく勘違いしているよね。子どもの人生は親をしあわせにするためにあるのではなくて、子どもがしあわせになるためにあります。
と答える。
僕もこの回答は心底共感します。
ポジティブなものでもネガティブなものでも、体感のチャンスを奪うことは、人生を奪うことと同じです。
そして、深刻な悩みにも必ず添えられるユーモア。
「子供を育てる自信がなくて、子供を作るか迷っている。」という相談に対して、
これから産むという人間に対して、「子育てって大変よ〜」ってのは情報としての価値はなく、ただの子育てマウンティングだからウザいんですよ。
どんなにつまらない話でもキャバクラ嬢は笑顔でだいたいすべて「すごーい、そうなんだぁ〜」でのりきっています。どう考えても本当はすごいって思っていないはずなんだけど、おっさんはご満悦です。
ぼくも、出会い頭のうっかり子育てマウンティングに遭ってしまったときは「そうですか」でのりきってます。
キャバクラ嬢と違って、ぼくには顔にわかりやすく4K画質で「その話、最高につまらないです」と書いているのですが、相手は気付きません。どちらかというとご満悦です。あれって、自分の言いたいことだけをベラベラしゃべっているだけだから、会話じゃないでんすよ。たぶんぼくが途中で死んでも気づかないんじゃないかな。
子供を産まない理由なんて、いくらでもあげることができるんです。自信がなくて不安なのだから、産まない理由をあげていたほうが、自分を肯定することや納得させることができるので、らくですよ。
子どもがほしい、この気持ちだけを大切にするしかありません。「こんな気持ちで子供を産むなんて失礼だし無責任だから子供を作らないままでいよう」、これはあなたの敵になる人の言葉です。わざわざ自分で自分に呪いの言葉をかける必要はありません。
子育てマウンティングしない人はみんなだいたい「なんとかなるよ」っていってくれます。そういう人の言葉に耳を傾けて。大丈夫。なんとかなります。
と。
4K画質で「その話、最高につまらないです」と書いている
ってwww
たぶんぼくが途中で死んでも気づかないんじゃないかな。・・・www
そうかも。そういう勢いで自分語りする人ほんとにいますよね。
あと、自分のことが話したいだけで、回答を聞いていない人。
何を言っても、同じことを繰り返してくる。
「いや、人形としゃべれば」と言いたくなるような。
本所の中でも白眉の回答と僕が思ったのは、
「風俗嬢に恋をしました」
と一行だけの相談(しかも本名で!)を送ってきた男性への回答なんですが、それは本書で確認を。
最高です。
ぐっち