Restart with True Engine

スーパーマンと言われたサラリーマンが、適応障害、うつ病、自律神経失調症で3度の休職を経験したからこそ、試行錯誤の中で気づけた「素の自分を引き出して楽しく生きるヒント」について書いてます。最初から読むとうつになった自分を前向きに受け入れていく変化が分かって面白いので、よかったらじっくり読んでみてくださいね。コメント&Twitterメッセージ&質問大歓迎です!!

アフターコロナ

「自粛」「(一人ひとりの)心掛け」「(一人ひとりの)意識」

どうにも日本人は精神論に偏りがちです。

なんの話かというと、今回のCOVIDー19対応の話ですよ。

休業や在宅勤務を「要請」しても、制度的な担保がない。

紙やハンコの文化はそのままで、急に各企業や個人の工夫でテレワークと言われましても…

ねぇ。

精神でアメリカに勝てると思った70年前の教訓よ!

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↑4/12日曜日の銀座と銀座駅!

 

禁止はコントロールできますが、自粛はコントロールできませんからね。

「日本人一人ひとりの生真面目さをいまこそみせるとき」というような論調には空恐ろしさすら感じます。

 

僕の会社もですね、紙とハンコの仕事は変わらないままなんですが、「出勤するな!仕事はスケジュール通りにやれ!テレワークのやり方は各自工夫せよ!」という祭り状態になってますw

小池百合子都知事、都庁職員の出勤8割削減を報告「改めて働き方の見直しを!!」 | ENCOUNT

それどころか、キャッシュレスをどのように進めているかという調査がきて、新たな負担が発生している始末w

おぉこの自助努力感よ!

 

そうそう。

SNSの爆発的普及の頃からみられた預言者めいた方も激増しています。

「アフターコロナの世界はこうなる」

というような。

もちろん表現は自由ですが、そう言われると、僕の心が少しカサつく。

多分、預言している方も不安なんです。

だから見通しを立てたくて、預言しているんです。

安心しようとして。

それは「預言」というよりも、「願い」なのかもしれない。

こういう「預言」を聞くと、正確なデータを聞きたい僕はなんか、世界の不安定さが際立っていくような気がします。

こうした預言も含めて情報が洪水のように流れてきて、考えが乱れやすいんですが、

僕たちがCOVID-19に対してできることは明確です。

・手洗い

・人と距離をとる/人混みに行かない

・買い占めない

終わり!

 

はっきり言います!

ガマンしてるときはイライラしやすいのはわかるけど、

他人の一挙手一投足にイライラしてるエネルギーは無駄!!!

医療従事者や店員にキレるとかもってのほか!

 

アフターコロナの世界観が「ウイルスと共にある世界」「世界の様相が一変する」と表現されることもあるようです。

都市伝説チックなことは僕には分かりません。

様相が一転するかどうかも分かりません。

中国では「ビフォーコロナと同じ」日常に戻りつつあるようですが。

別に、いま急にウイルスと暮らし出したわけじゃなくて、人類はいつ何時もウイルスとともにあったようですし。

 

これだけ経済活動が止まって、自由貿易に対する強烈なカウンターパンチをくらって、経済的な分岐点になる可能性は高いです。

もともと、中央銀行が(なぜか)株や不動産だけを支えるという中央銀行バブルのところに、さらに中央銀行が(実質的な)ヘリコプターマネーをばら撒いていますので、COVID-19の収束がみえたら株がものすごく上がるでしょうけど(実際、経済活動がこれだけ止まっている中で株は持ち堪えてます)、そのあとのバブル崩壊はより深刻なものになる可能性が高いです。

中央銀行が物価のコントロールを失い、ハイパーインフレに陥り、円の価値が急落する可能性が高いからです(第一次大戦前のドイツで同じことが起きたため、ドイツは財政規律に非常に厳しい)。

先日の藻谷浩介さんの講義でも出ていたように、株が上がっても、家計消費に一切影響はなかったので、富裕層の資産にしか影響はなかったことは明確なんですけど、日本政府はその政策ベクトルを維持し続けとる!

 

僕はうつ病の経験から知ってます。

乱れたときに大上段に構えても、既にものすごいバイアスがかかってるんで冷静な判断はできません。

預言もその一種なのかも。

今は大上段にかまえる、というよりも、地に足をつけて、五味太郎さんの言葉を借りれば「ニュートラルに」暮らしてみるのが僕には合っているようです。

まず世界の様相が変わって僕たちの暮らしが変わってくんじゃなくて、「家でこういう過ごし方したら意外に楽しかった」「会議をオンラインでやってみたら意外に集まる必要はなかった」という風に、暮らしから世界の様相が変化していくのじゃないでしょうか。

楽しさとか心地よさとかをベースに。

 

それは例えば、物だらけの足の踏み場もなくなった家から、「あれ、この服そういえば数年前に一度着ただけだ、なくても全然暮らしの質は変わらない」と気づいて物が減っていくみたいな。

暮らしの中で、「何が大切で何が大切ではないか」「何が必要で何が必要ではないか」をニュートラルに判断していくタイミングとしてはいいかもしれない。

「やっぱり仲のいい人と会って一緒においしいご飯食べたいよね」ということに気づく。

そういうことを人間は連綿とやってきたはずです。

そうして、ビフォーコロナの当たり前の世界が、本当に安定して楽しかったどうかは見えてきて欲しい。

 

感染者カウントが報道だと思ってるテレビを見るのをやめたり、雑音を意識的にオフにすることで、いま本当に大切にすることは見えてくるんじゃないでしょうか。

 

誰でも引力や天気にあらがって生きてるわけだし、鳥は自由でいいななんて言うのは、鳥の大変さ、不自由さをわかってない人。不自由なのは前提だもん。限られた材料や選択肢の中で、悩むしかない。大人も子どもも。これを機に、十分悩みましょうよ。

人生って自分の居場所を見つけることかも、って娘が言ってたけど、こればかりは子どもも大人も自分で見つけるしかない。

五味太郎さんインタビュー後編:五味太郎さん、不自由さへの直言「自由なんてのは存在しない」

 

ぐっち