続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

しがらみが消えて、ぐっち劇場が新章に入る日。感傷ごと抱えて進むジブン史

仕事以外なーんのしがらみもなくなりました。

令和1年11月11日に、11回目の引っ越しもしました。


登場人物と舞台を変えただけで、

ずっと同じエピソードを繰り返してきた「ぐっち劇場」が、

37年かけて、新章に突入しそうです。


ただ、当たり前ですけど、

まだ新居にも慣れません。

引越し準備もあって、

最近プライベートで人に会うことも少なく、

正直、めちゃめちゃ感傷的になりました。


夢の中にいるような気がする時もあります。

ウソみたいな気がする時もあります。


甘さだけが味ではないように、

これも味わいといえば味わいです。


「味」に甘さしかなかったら、

食べ物はここまで楽しくないです。

「感情」に「楽しさ」しかない世界は、

きっとそれほどおもしろくないです。


「悲しさ」「不安」「寂しさ」「悩む」「迷う」は、

否定する対象じゃないです。

「苦み」「辛味」「渋み」を否定しなくていいのと同じです。


これまでも、

こういうムードになったことは何度もありました。

それも、何度も乗り越えてきました。


何がどうなっても、

わたしはわたしでした。

別に勝ち続けてきたわけじゃないですけど。笑


感傷的になると、

元カノメールに引きずられて、

どうにもそのことを忘れます。

Awakener Project⑥ ―― 「ゼロに戻る人生」は、もう選ばなくていい - 続けられるかたちを探して ―うつ病というわたしの一部―www.artofnaturalway.com


そこで、

同じエピソードを繰り返していることに気づけた、

Tさんとのジブン史ワークを振り返って、

ぐっち新章の方向を、あらためて確認してみることにしました。

Awakener Project⑮ ―― ずっと同じゲームをやっていただけだった - 続けられるかたちを探して ―うつ病というわたしの一部―www.artofnaturalway.com

 

■ ぐっちのジブン史


◯ 幼少期〜小学校低学年

1982年の春、父と母の三男として生まれました。

兄が二人いて、下に弟がいます。

家の中はにぎやかでした。


子どもの頃から、

「自分の世界」が強くありました。

一人でいる時間、

アニメや本の世界に没頭する時間が、

安心できる場所でした。


一方で、

大人や周囲の強い感情に触れる場面が多く、

納得できない怒りや叱責に対して、

言葉を失うことがよくありました。


この頃から、

「自分が何かすると、ロクなことにならない」

という感覚が、

少しずつ積み上がっていきました。

 

◯ 小学校中学年〜高学年

学校では、

理不尽だと感じる出来事が繰り返されました。


誰かの冗談や行動が原因でも、

結果だけを切り取られて責められる。

泣いている側が正しく、

黙っている側が悪い。


納得できないけれど、

その場の空気や相手の感情に飲み込まれて、

何も言えなくなる。


家の中でも、

兄や大人の機嫌が最優先で、

自分の感情は後回しにされがちでした。


その積み重ねで、

「はしゃぐ」「喜ぶ」「前に出る」

そういう行動は、

危険なものとして体に刻まれていきました。


安心できるのは、

一人でいる時間と、

自分の世界に没頭している時だけでした。

 

◯ 中学生

中学に入って、

「空気を読む」「目を付けられない」

それが生きる上での大テーマになりました。


一度、

理不尽な暴力にさらされた経験があり、

それをきっかけに、

他人の目線を過剰に意識するようになりました。


嫌いなのに、

気にせざるを得ない。

怖いのに、

基準にせざるを得ない。


この頃、

「自分がはしゃぐ=誰かを不快にさせる」

という公式が、

ほぼ完成した気がします。


家族や学校、

どこにいても、

他人の強い感情が場を支配していました。

 

◯ 高校〜大学

高校では、

「自分は何者なのか」が分からず、

キャラを探して迷走しました。


アニメや映画に強く惹かれ、

表現の世界に憧れました。


大学では、

自分が求めていたものと、

周囲が評価する価値観のズレに、

ずっと違和感を抱えていました。


評価されたい。

でも、迎合したくない。

その間で、

自分を出すことができず、

孤立感を深めていきました。


この時期も、

誰かの言葉や評価、

強い感情に触れるたびに、

自分の軸が揺さぶられていました。

 

◯ 社会人〜30代前半

社会に出てからも、

パターンは変わりませんでした。


理不尽な怒り。

納得できないルール。

感情で場を支配する人。


そのたびに、

「自分が悪いのかもしれない」

「もっと我慢すればいいのかもしれない」

と、自分を引っ込めました。


頑張ることで何とかしようとしました。

順応することで、

場を回そうとしました。


結果、

体と心が先に限界を迎えました。


適応障害、うつ。

休職と復職を繰り返しながら、

「このままではいけない」

という感覚だけが残りました。

 

◯ 転換点

療養やさまざまな体験を通じて、

少しずつ、

これまでの自分のパターンが見えてきました。


わたしは、

ずっと同じところで、

同じ引き金に反応していた。


それは、

他人の強い怒りや感情でした。


誰かが怒る。

誰かが不機嫌になる。

誰かが正しさを振りかざす。


その瞬間に、

自分の人生のハンドルを、

相手に渡してしまっていた。


その人の怒りは、

その人自身の問題なのに。

わたしの問題じゃないのに。


それでも、

人生の節目には必ず、

「キレ系キャラ」が登場して、

わたしのあり方を決めつけてきました。


そして、

そのたびに方向転換してきました。


不思議なことに、

その後もつながっている人は、

誰一人いません。

 

■ いま、わたしが選び直していること


自分の人生を作るのは、

自分の感覚です。


それは、

自己肯定感とも少し違います。


あえて言うなら、

自己決定感。


誰かの怒りに反応して決めるのではなく、

自分の内側の感覚で、

選んでいく。


怖さも、

感傷も、

迷いも含めて。


新章は、

たぶん派手じゃないです。

でも、

やっと自分の手に、

ハンドルが戻ってきた感じがしています。


自分で決めたことを、

やっていきます。


ぐっち