続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

世界が狭い、自分は孤独だ、と感じたときに大切なこと。

こんにちは。ぐっちです。

 

前回は、Gポーズのような小さな積み重ねが、やがて大きな変化をもたらすという話でした。

 

引き続き「マインドフルネスリトリート2018秋」の話。

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ゴールディン先生が気づきを言葉にしていく中で、先生の考えるマインドフルネスには3つの柱があると感じました。

 

それは、

ユーモア

自分への気づき

自分をひらくこと

です。

 

まず、ユーモアについて。

 

はっきりいって、不謹慎に過敏な日本で、最も縁遠いセンスであるユーモア。

 

このセンスも、使わなければ退化していくでしょう。

 

先生は瞑想している仏像を例に挙げます。

 

みなさん優しげですが、真面目な顔をしていますよね。

 

仏像の表情に象徴的なように、瞑想は真面目でシリアスなものと思いがちです。

 

うつ病治療の柱である心理療法も、真面目に何かにコツコツとりくみ、とっつきにくいイメージです。

 

ところが、ゴールディン先生は、頭、心、気持ちの訓練は大変なので、自分に優しくユーモアのセンスを持つことが大事な薬だと言います。

 

それを体現するように、ゴールディン先生は陽気で、絶えず笑顔とユーモアにあふれていました。

 

とても不安症や気分障害を研究する博士とは思えないのがむしろ魅力的。

 

でも、「シリアスに今を頑張ってうつ病を克服する」のと、「自分に優しくユーモアを持ってうつ病と向き合う」のでは、どちらを積み重ねていった先に、自分自身のオリジナルな心地よさがあるかということを考えれば、わたしは陽気さに惹かれます。

 

次に、自分への気づき。

 

マインドフルネスで大事なのは、自分に対する思いやりに気づくこと。

 

実は、わたしたちは絶えず自分を見て、自分を評価し、その視線に縛られています。

 

「あれができた」「これができない」「なんでああしなかったんだ」「こうしておけばよかった」

 

そこには、自分を見つめるもう一人の自分がいます。

 

無意識だと思っていた感情も、いつも自分で自分のことをみていることから起きていたのです。

 

この、もうひとりの自分に、痛めつけられるのか、ねぎらわれるのか。

 

このままでいいのか自分に聞いたとき、あなたの声は何と言いますか?

 

それを選択しているのも、わたしたち自身です。

 

やむを得ずそうなっているわけではなく、選択しているんです!

 

そこに気づくと、意識して、ねぎらうという選択をとることもできるようになります。

では、どう気づくのか??

 

そこが問題でもあり、人生をドラマにする調味料でもあり。

 

気づきは「その人自身の発見」ですから、「教えることはできない」とゴールディン先生は言います。

 

釈迦は84,000通りの悟り方があると言ったそうです。

 

つまり、気づきに答えはない。

 

他人の気づきはあくまで他人の気づき。84,000分の1に過ぎません。

 

マインドフルネスは、パーリ語(原始仏教の言葉)の「サティ」という単語の訳語だそうですが、このサティの意味は、「思い出す」「覚えている」。

 

だから、「ねぎらい」や「慈悲」も、自分自身がすでに持っていて、必要なのは思い出すこと。

 

「ねぎらい」や「慈悲」に自分の方法で気づいてあげるだけで、不安や恐れ、悲しみと過剰につながったチャンネルを、ポジティブな情動に親しみを覚えるように変化させることができます。

 

サンスクリット語に「アバブナ」という言葉があって、「種を植える」「養う」という意味だそうですが、マインドフルネスを使うと、ポジティブな情動を、種を植えて、養っていくことのできるとい分かっています。

 

最後に、自分をひらくこと。

 

ある瞑想をやりました。

 

目をつぶり、リラックスした姿勢をとって、まず鼻の呼吸に意識を集中します。

 

しばらくそうした後、次に意識を広げて、瞑想中に浮かんだ考えや、周囲の音など、意識が向いたものをそのままにしておきます。

 

注意の向け方はたくさんありますが、大きくこの2つがあるそうです。

 

「注意して物体を見る」と「受け身であるがままに周りに注意をひらく」。

 

わたしたちが得意なのは、「注意して物体をみる」モード。

 

ゲームや勉強、仕事に集中している時がこのモードです。

 

これは、周りの些細な変化を拒絶します。

 

自分をとじることです。

 

ゴールディン先生たちは、人間にとっての苦しみ、痛みの根源は「孤独」であると考えています。

 

だから、本質的な癒やしは、孤独を和らげること。

 

ところが人間は、80億人も人間がいても、孤独を感じます。

 

どういうことかというと、満たされているか孤独かの違いは、物量的な問題ではないということ。

 

自分自身がひらいているかどうかの違いだからです。

 

そのためにマインドフルネスを使うことができます。

 

受け身であるがままに周りに注意をひらくことで、周りの人が入ってくる余地ができます。

 

すると、はじめて孤独が癒されていく。

 

そのために必要なのが、大海に至るしずくであるGポースのような、ささいなプラクティス。

 

世界中の人が、少しだけこの気づきを持てば、世界は今より少しだけ平和になるのではないか。

 

マインドフルネスが平和につながっていたとは!

 

日本人は、小さなプラクティスを世界の平和と結びつけて考えることはまずないでしょうから、アメリカ人ならではなのかな、と思いました。

 

ゴールディン先生のリワークは、穏やかな共感とともに終わりました。

 

言葉にすると抽象的で分かりにくいかもしれません。

 

それは、マインドフルネスが体感そのものだからだと思います。

 

脳は、点を線に繋げる役割を持っています。

 

それはもちろん脳の優れた面である一方、作り上げた線が現実を離れて、独創的な不安の世界にはまりこんでしまうこともあります。

www.artofnaturalway.com

 

力強い勇気を持って今この瞬間にとどまることは、点と点のスペースを広げて、今あるものを豊かに感じ、心の調和を取り戻すことです。

 

うつ病や不安症ではなくても、もしいま感じている世界が狭く息苦しいものだったら、マインドフルネスのプラクティスは、新しい視点をもたらしてくれると思います。

 

リトリートが終わって、勇気を出してゴールディン先生に話しかけ、芸術も生きることも「瞬間瞬間にひらくことだ」と言った日本の芸術家(岡本太郎)がいて、マインドフルネスに近いものを感じるので見てほしいと伝えました。

 

ゴールディン先生は気さくに「今晩チェックしてみるよ」と応じてくれたのでした。