続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

「うつ病の何がつらいか、苦しいか」を3つに整理してみた

こんにちは。ぐっちです。

 

少しずつ、休職中であることを友人に打ち明けています。

 

3度目の休職ではありますが、「うつ病は病気ではない」という根強い固定観念の壁を味わったこともあり、打ち明けるのには、やっぱり勇気がいります。

 

以前の記事で、うつ病真っ只中は、50センチ先も見えない濃い霧の中、沼地に足を取られながら前に歩き続けるようなものと表現したことがありました。

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ただ、実際にそういう経験をしたことがある人はいないように、

うつ病になるか、ごく身近な人がなるかしない限り、なかなか共感してもらえない病気です。いまのところは。

 

打ち明けた友人のなかに、独創的な発想で血の通った表現をする人がいます。

 

楳図かずおさんを尊敬するその人の表現は、いつもわたしの心の湖から的確に、必要な成分を必要な量すくい取ってくれます。

 

その友人のメールに、

先の見えない治療は、色々なものを諦めなきゃいけない辛さが常につきまといますね。

とありました。

 

そうなんですよ!

 

わたしたち、うつ病サバイバーは、色々なものを諦めなきゃいけない辛さと、多かれ少なかれ向き合う必要があります。

 

これは、素直な感覚として、健常者には最も理解されない一面です。

 

なぜなら、右腕がないから右腕が使えない、というように、分かりやすく眼に見えないから。

 

人間は、自分たちで考えている以上に眼に見えないものを見ていません。ないことにしています。

 

だから、働き方改革でも盛んに見える化見える化言ってますよね。

 

見えるようになると、認知の対象にしやすくなることが分かってきたからです。

 

問題の顕在化っていう表現もあるように、問題それ自体は以前からあったのに、

それが何かのきっかけで見えるようにならないと、問題とは認識されません。

 

暗闇を照らす稲妻がなければ、その暗闇に何があるか、分からないんです。

 

衝撃的な事件がその典型的な例です。

 

脱線しました。

 

その友人のメールをきっかけに思ったのが、うつ病はなぜつらいのかを、シンプルに整理してみようということです。

 

逆に言えば、それらが解消されれば、うつ病もペストやコレラのように、克服された病気となる一歩が踏み出せるかもしれません。

 

変にうつ病の恐ろしさをあおるのではなく、

一つは絡んだ紐を解いて何が見えるか試すため、

一つはうつ病への理解のため、

一つはうつ病を知り、病気になる前に自分を守る行動をとってもらうために。

 

その1

先の見えない治療

インフルエンザになったことありますか?

 

わたしは数年前になってビックリしたんですが、呼吸は苦しいし体は動かないし、風邪とはレベルが違って、ものすごく辛かったです。

 

でも、別に全体としてみれば、なんてことはなかったです。

1週間くらいで治ることが分かっているから。

 

これは、病気に向かう精神状態を決定づける大きな要素ですよね。

 

見通しが立つか立たないか。

 

インフルエンザにかかって、「さあいつ治るかは個人差があります、長い目で向き合っていきましょう」って言われたら、いや、インフルエンザでもそれかなりダメージでかいでしょ。

 

心折れますよ。

 

極論すると、うつ病は、そういう治療とならざるを得ません。

 

うつ病にも、大まかな治療期間の例程度はあります。

 

再発予防期も含めると、だいたい2年前後だそうです。

 

ただ、個人差も大きく、下手に期間を意識してその通りにいかないと不要な挫折感につながるだけなので、治療ではあえて期間を明確にすることは少ないと思います。

 

だから、どうしても海図なく一人太平洋をイカダで横断するような感覚に陥ることがあります。

 

360度見渡す限り海。

 

食料は心許ない。

 

その状況で、「よし、おれは自由だー」とは思えませんよね。

 

それは、一言でいうと、絶望です。

 

望みが絶たれる。

 

海流に身を任せる以外に方法はありません。

 

その海流に身を任せるのが実はすでに治療なわけですが。

 

その2

自分の感覚が信用できなくなる

うつ病というのは、様々な要因が複雑に積み重なって起きる、大きく定義される状態を言います。

 

ですから、タバコ=肺がんというような、簡単明瞭な図式が成立しません。

 

真面目で責任感が強い人がなりやすいって言われても、主観ですからね。

 

うつ病には、まだ客観的な指標が存在しません。

 

さらに、大抵の場合、実際に診療機関で「うつ病です」と言われるまで、本人に自覚はありません。

 

単なる疲労、睡眠不足程度に考えて、エナジードリンクをガバガバ飲んでたりします。

 

ところが、本人にとっては突然、体と心のコントロールがきかない状態になります。

 

そうすると、多くの人がこう考えます。

 

「え?何がいけなかったの?何でうつ病になったの?」と。

 

結論から言うと、いまのところその問いは、答えのない迷路です。

 

しかし、本人にとっては究極的に切実な問題ですから、何とかしようと思うのが自然です。

 

ところが、自分では大丈夫、何も問題ないと思って生きてきたその先にうつ病があったとしたら、

自分のその感覚の通りに行動することは危険だということを刷り込まれます。

自分の感覚が信用できなくなります。

 

結果として、あらゆる行動に慎重にならざるを得ません。

 

「もしかして、これやるとトリガー引いちゃうんじゃないか」というのが、常に頭の片隅にあります。

 

そして、最初の友人のメールにもあったように、色々なものを諦めるつらさが常につきまとうことになるのです。

 

これを、肯定的に捉えてみたのが、このブログで使っている自然な生き方という表現です。

 

単にそれまでが、憧れや執着や固定観念に縛られて無理していたのであって、

何かを諦めるというより、体が発した声に寄り添って、

より自然な生き方に近づいている、といまわたしは捉えています。

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ただ、こうして置かれた状況を受け入れられる人ばかりではありません。

 

自分を病気に追い込んだ会社が許せない、あいつが許せない、社会が許せないと、極端な攻撃性を持つことも少なくありません。

 

わたしも、何度もそういう思いに囚われました。

 

でも、それは自分の目指しているものとも違うし、自分の体の声に寄り添ってもいません。

 

だから、だれも何も憎んではいません。

 

その3

再発率が猛烈に高い

ベストセラーとなった田中圭一さんの「うつヌケ」でも、この点は何度も出てきます。

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データ上は、一年以内の再発が約50%。一生のうちでは、約90%の人が再発するそうです。

 

90%って、要するにほぼ全員ですよね。

 

「うつヌケ」にもあるように、なぜか一度うつ病を経験すると、うつ病に突入するスイッチが入りやすくなるのです。

 

多分、脳の神経回路のその部分が繰り返すことで鍛えられてしまう、

自分自身が慎重になって気づきやすくなるなど、様々な要因があるのでしょう。

 

そもそも、医学的に、うつ病に完治という概念はいまのところありません。

 

寛解という、生活に支障がない状態になりました、という概念があるだけです。

 

正直、気持ちの良いデータではありません。

 

しかし、逆に考えれば、それが自分のペースだと割り切ってしまいたいと思います。

 

別に、殺人を犯した訳でもありません。人間として自らの人権を否定される要素は一切ありません。

 

満員電車に乗れないと人間失格ですか?

 

定年まで毎日出勤できないと人間失格ですか?

 

ただ、いまの世の中にはそうしたペースを受け入れる余裕が少ないだけです。