こんにちは、
ぐっちです。
前回は、体調の波に翻弄されながらも、
主治医からリワーク参加の許可が出たところまで
お話ししました。
リワークに向けて、
職場の産業医(精神科医)と面談をしました。
そのときに言われたのが、
「波は無くならないものなので、
波のいちばん低い状態でも、
最低限、出勤して席に座っていられることが大事です」
という言葉でした。
「波を無くす」のではなく、
「波を、最低限の生活が送れるところまで落ち着ける」
とりあえずの目標が、
ここでようやく見えた気がしました。
ただ、続けて産業医から言われた言葉が、
正直かなり堪えました。
「リワークを受けるということは、
すでにある程度の状態をクリアしているということです。
一日中寝ている状態ではなく、
外出できるくらいの体調が前提です。
リワークをコンプリートしたら、
職場復帰が前提になります。
明日から仕事に出られます、
という人向けの、シビアなプログラムですよ。
そのリスクを、本人がどう考えるかですね」
ただでさえ緊張していたところに、
一気にプレッシャーがのしかかりました。
主治医にこの話をすると、
「その人、本当に精神科医なの?」
と、苦笑いされましたが。
リワークを受けるためには、
リワークスタッフへ電話をする必要があります。
その電話が、
本当に、本当に、緊張しました。
電話をかける前に、
何度も呼吸を整えて、
受話器を持つ手が震えていました。
平成27年8月中旬、
約2か月のリワークが始まりました。
参加者は、
年齢も性別もバラバラで、
7人くらいでした。
最初は、
午前中だけ、
週に3日。
普通の体調なら、
夢のように楽なスケジュールです。
でも、
どんなに残業した日よりも、
はるかに疲れました。
時間割表を見ても、
「次に何をするのか」が、
すぐに頭に入ってきません。
一日のまとめを書いて、
スタッフに提出するのも一苦労でした。
言葉が入っている引き出しに、
固く鍵がかかってしまったようで、
言葉が出てこないのです。
なんとか書いた文章も、
どこかしっくりきません。
100ミリリットル入るはずのコップが、
20ミリリットルくらいになってしまって、
すぐに溢れてしまう感覚でした。
うつ病の代表的な症状に、
「楽しさ・興味の喪失」があります。
リワーク中は、
エネルギーの注ぎ先がある分、
まだ救われていました。
それでも、
リワーク以外の時間は、
何もやりたいことが見つかりません。
時間だけが、
ただ過ぎていきました。
スタッフとの面談では、
「どんなときに心地よかったか」
「何が美味しかったか」
「少しでも楽しかった瞬間はあったか」
そんな、
消えかけた火種を探すような問いが続きました。
テレビで笑うことも、
冗談を言うことも、
遠い昔の出来事のように感じていました。
それでも、
体調の波のこと、
復職への不安のこと、
それを、
参加者同士で共有できる場は、
本当に救いでした。
週ごとに、
リワークを卒業していく人がいて、
仲間を送り出すような気持ちになりました。
怒り、
恐怖、
こだわり、
家族との関係。
一人ひとりの背景を聞くたびに、
「うつ病」という言葉ひとつで
くくれないほど、
その形は本当にさまざまだと知りました。
つづきます。
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