続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

日本企業の風物詩「4月異動」に、意味が見出せない

こんにちは、ぐっちです。

 

前回は、復職してから、  
久しぶりに穏やかな日々を過ごしていたことを書きました。

 

そして、春が来て、  
予想通り異動になりました。

 

いわゆる本社の部署です。

 

それほど激務と言われている場所ではなく、  
ひとまず安心しましたが、  
会社の中では主要な部署のひとつでした。

 

仕事内容は、  
それまで経験したことのない分野に変わりました。

 

法務と、情報系の業務を横断するような内容です。

 

毎年のことですが、  
4月になると、会社全体が一気にざわつきます。

 

人が動き、  
部署が変わり、  
問い合わせが集中します。

 

何年も繰り返しているうちに、  
その光景を、  
少し滑稽に感じるようになっていました。

 

4月は、他部署からの問い合わせが一気に増えます。

 

ですが、その問い合わせに対応しようとすると、  
前任者の仕事が、  
きれいに整理されて残っていないことがとても多いのです。

 

書類はどこにあるのか。  
なぜこの経緯になっているのか。  
誰がどこまで把握していたのか。

 

そういったことを、  
一つひとつ探すところから、  
仕事が始まります。

 

異動という制度は、  
きちんと仕組みとして存在しているのに、  
人が変わっても仕事がスムーズに回るための工夫は、  
ほぼすべて個人任せです。

 

会社には、  
そういう「最後の詰め」が抜け落ちた仕組みが、  
本当にたくさんあります。

 

組織が大きくなりすぎて、  
もはや誰も、  
仕組みそのものに手を入れられなくなっている。

 

その歪みを、  
長時間労働で埋めているように見えました。

 

問い合わせ内容を理解して、  
背景を調べて、  
回答をまとめる。

 

それだけで、  
かなりの時間がかかります。

 

以前の担当者も、  
きっと同じ作業をしていたはずなのに、  
その痕跡が残っていない。

 

結果として、  
同じ仕事を、  
また最初からやり直すことになります。

 

これは、  
仕事を進めるための仕事というより、  
残業を生むための仕事だと感じました。

 

残業をしたい人にとっては、  
都合のよい仕組みかもしれません。

 

ですが、  
体調に不安があり、  
できるだけ定時で帰りたいわたしにとっては、  
負担でしかありませんでした。

 

こうやって、  
個人に負荷をかけ続けることで成り立つ仕組みが、  
この先も続いていくとは、  
どうしても思えませんでした。

 

日中、  
問い合わせ対応や調整に時間を取られているうちに、  
自分の仕事はどんどん後ろにずれていきます。

 

メールも、  
書類も、  
雪だるま式に溜まっていきました。

 

それに加えて、  
同じ相手からの苦情対応に、  
繰り返し時間を取られることもありました。

 

ひとつの対応に、  
平気で1〜2時間かかります。

 

その間にも、  
また別の仕事が溜まっていく。

 

わたしは、  
「平日の昼間に、  
毎日のように苦情を言い続ける一部の声に、  
なぜ、組織全体が振り回されるのだろう」
と、強い疑問を感じていました。

 

たった一件の理不尽な要求に、  
多くの人が右往左往する。

 

それが、  
当たり前のように受け入れられている。

「それが仕事だから」  
「仕方がないから」

そう言われてしまうと、  
そこから先を考えること自体が、  
止まってしまいます。

 

人員に余裕がなくなり、  
管理職も現場の一員として手一杯になる。

 

組織全体を見渡して、  
調整したり、  
フォローしたりする役割の人が、  
どんどんいなくなっているように見えました。

 

その結果、  
会社の中には、  
自己責任や個人主義の空気が広がっていきます。

 

組織で働く意味や、  
チームで仕事をする価値が、  
少しずつ失われていく感覚がありました。

 

こういう環境で、  
30年、40年と働き続けることができるのだろうか。

 

正直に言って、  
そのイメージが持てませんでした。

前の職場では、  
定時で帰れる日がほとんどでした。

 

ですが、  
この異動後は、  
22時を過ぎて帰宅し、  
それから夕食をとり、  
眠るのは深夜になる生活が続きました。

 

体調のことを考えると、  
この働き方を、  
長く続けるのは難しい。

 

そんな実感を、  
この頃、はっきりと持つようになっていました。

 

つづきます。

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