続けられるかたちを探して  ―うつ病というわたしの一部―

何度も壊れて、そのたびに生き方を作り直してきました。 うつ病とともに働き、休み、 障害者として社会と向き合う今があります。 「頑張れば報われる」から降りた先で見えた、 無理をしない生き方のメモ。 ここは、立ち止まってもいい人のための場所です。

その仕事に、残業150時間の意味はあるか

こんにちは、ぐっちです。

 

前回は、
思いがけない仕事の担当になり、
業務量が急激に増え、
気づけばワーカーズハイのような状態になっていたところまでを書きました。

 

今回は、
その仕事に向き合う中で、
わたしの中にずっと引っかかっていた
「この仕事に、これだけの時間をかける意味はあるのだろうか」
という感覚について書いてみようと思います。


当時のわたしの仕事は、
いくつかの部署の間に立って、
書類や意向を調整するような業務でした。

 

ある部署から出てきた資料を、
時間をかけて丁寧に確認しても、

次の部署の意向で、
内容が大きく変わることは珍しくありませんでした。

 

さらにその先で、
また別の判断が入って、
元に戻ることすらあります。

 

そうであれば、
最初から当事者同士でやり取りした方が、
よほど早く、正確なのではないか。

 

そんな疑問が、
いつも頭の片隅にありました。


ただ、組織が大きくなると、
「誰が間に入るか」
「どの形式を通すか」
そのこと自体が重視される場面が増えていきます。

 

結果として、
内容よりも形式、
結論よりも手続きが優先され、

わたしの仕事は、
その“儀式”を成立させるための調整に、
多くの時間を使うことになっていきました。


内容が変わると分かっている資料でも、
次の部署に渡る前には、
完成度の高さや表面的な正確さが求められます。

 

小さな表現の違い、
細かな形式のずれ。

 

そうした点が、
大きな問題であるかのように扱われ、
修正を重ねていきます。

 

そして、
修正を重ねた結果、
結局は最初の案に近い形に戻る。

 

そんなことも、
一度や二度ではありませんでした。


「その結果、何が生まれるのか」

「全体の中で、
 この仕事にどれだけの労力を割くべきなのか」

「そもそも、
 どこを目指しているのか」

 

そうした視点は、
いつの間にか置き去りにされていきました。

 

代わりに、
足りない分は個人の努力で補う。

 

時間をかけること自体が、
誠実さや責任感の証のように扱われる。

 

そんな空気の中で、
仕事はどんどん膨らんでいきました。


「もっと丁寧にやろう」
「もっときちんとやろう」

その言葉自体は、
一見すると正しく聞こえます。

 

けれど、
「どこまでやれば十分なのか」
「ここは力を抜いてもいいのではないか」

 

そうした問いが出てくることは、
ほとんどありませんでした。


当時のわたしは、
その流れに抗う余裕もなく、

「10,000分の1でもいいから、
 この仕事全体の中に、
 自分の痕跡が残ればいい」

そんなふうに考えて、
モチベーションを保とうとしていました。

 

ただ、
その10,000分の1のために費やす時間とエネルギーは、
あまりにも大きく、

そのギャップに、
言葉にできない無力感を覚えることもありました。


しかも、
相談できる立場の上司が不在で、
判断の基準や力の入れ加減を
自分一人で探り続ける必要がありました。

 

誰にも相談できず、
それでも仕事は次々と降ってくる。

 

その状況は、
思っていた以上に、
わたしを孤独にしていたのだと思います。


それでも、
すべてがつらかったわけではありません。

 

他の部署の中には、
わたしの置かれた状況を理解し、
さりげなく助けてくれる人もいました。

 

部署内の若手同士の関係も良く、
仕事終わりに話をしたり、
ささやかな息抜きをしたりできたことは、
大きな救いでした。


ただ振り返ると、
この頃のわたしは、

「意味があるのか分からない」
「終わりが見えない」

そんな仕事に対して、
アクセルを踏み続けることでしか
自分を保てなくなっていたのだと思います。

 

ブレーキを踏むという選択肢が、
視界から消えていた状態でした。


この感覚が、
その後の体調の変化と
どうつながっていったのか。

 

次は、
もう少しその続きを書いていこうと思います。


最初からお読みいただける場合はこちら↓

naturalway.hatenablog.jp