ナチュラルなイキカタ

休職経験3回のサラリーマンが、うつ病をきっかけにアップデートして、自然体で生きる方法を楽しくトライするブログ。出会いとつながりが最高のよろこび☆Twitter(@Naturalway_2019)とかで声かけてくれると喜びます♪笑

Awakener Project「ぼくが一番ほしかったもの」

7ヶ月間のシータヒーリング長期セッション、Awakener Projectも残すところあと2回となりました。

ん~~~感慨深い(;_;)/~~~

このTさんとのセッション以前と以後で、ブログの内容も様変わりしてますから、「本当の自分に気づくこと」の変化の程度を読者のみなさんにも感じてもらえると思います。

ここまでの6ヵ月で、手放すものを手放し(コンマリ流に言えばときめかないもの)、そこに新しいものを少しずつ入れてます。

そして次第に、自分の本質が観えてきました。

ありふれた到着点かもしれませんが、これまでの積み重ねがあるので、納得感が違います。

これまでの膨大なセッションはすべて記事化しているので、「本当に変化したい」という方はぜひ腰を据えて最初から振り返っていただきたいです。

涙なしでは読めんよ。

 

これは、けっこう巷では出会えないルポルタージュになっていると思いますよ。

うつ病を、「治すべき病」から「アップデートのサイン」に変えていくプロセス。

最初の記事:責任は、重いものじゃない。自分を生かすこと。シータヒーリングのセッションをやってきました。 - ナチュラルなイキカタ

 

ラスト手前のオンラインセッションは、「ライトパーソンを探す」という話から始まりました。

「ライトスタッフ」という名作映画もありますね。

「right」には、「右」以外にも、「最適な」という意味もあります。

「ライトパ―ソン」は、簡単に言うと、「最適な人」

自分のエネルギーと調和する人のこと、かな。

最適なダンスパートナー。

 

例えば、パートナーがすでに満たされていてgiveの人だと、お互いのエネルギーは増えていきます。

お互いが無条件にgiveし合いますから。

もうすでに満たされているので、あとはプラスアルファ。

ぼくにとって、理想的なパートナー関係です。

 

逆に、一方や両方がtakeだった場合、どれだけgiveしても、なぜか残るのは疲労感。

エネルギーが拡がらないからです。

自分が心からやりたくてやっているので、別にそれでもいいっちゃいいんですが、エネルギーの拡がりはありません。

もちろん、giveの形は千差万別。

別に、家事のシェアだけがgiveではありません。

感情1.5倍で喜ぶこともすばらしいgiveです。笑

人間関係に答えはありませんね。

 

両方がtakeだった場合は、「○○したのに何もしてくれない」「大したことしてないくせに見返りばっかり求めやがって」というヤマアラシの刺し合いのようなことに・・・。

お互いが血まみれになるだけ…。

自分にしろ、他人にしろ、◯◯のためってやり出した途端、しんどくなってく。

武田双雲さんも言ってます。

記事:人のため?自分のため?どっち? | 書道家・武田双雲 公式ブログ『書の力』Powered by Ameba

 

ただやりたい!ってエネルギーは強くて大きくて軽い。

 

パートナーに限らず、エネルギーの無駄遣い(「この飲み会に行かなければ」というような義務感ベースの行動)がなくなっていくと、循環するエネルギーが軽くなっていきます。

すると、行動のフットワークが軽くなる。

さらに、自分の状態が「純度が高いエネルギー(ワクワク、ドキドキ、ハッピー、快感)」であれば、それがそのまま循環します。

逆に、「不純物が混ざったエネルギー(義務感、責任感、評価、物欲、自己顕示欲)」であっても、それがそのまま循環します。

だから、最も大切なことは、「自分がどういう状態か」

大切なことはそれだけ、と言ってもいいくらい。

 

ぼくは、他人や環境に合わせてきました。

だから、最初の診断名が「適応障害」笑

↑いやいや、笑い事じゃないよ。

 

それはそれで優しさという美徳の学びがありましたが、もう十分、だと“ぼくは”思ってます。

自分を傷つけてまでやり続けるものではないよなって。

これから事業をやるにしても、今の仕事を続けるにしても、海外を放浪するにしても、毎日どういう心で過ごしたいかという自分の心の情景が一番大事で、自分の外側の景色を見ない。

これが、今後10年くらいは、ぼくの一番大事なことになってくることは間違いありません。

 

例えば、お金を稼ぎたい!というモチベーションだけで行動したとします。

エネルギーのベースがそれだと、

お金を使っている不健康か

お金を使っていない不健康か

の違いになって、結局は不健康。笑

お金>健康という価値観の場合は、それでOKかと。

ぼくが違うってだけ。

 

これまでの気づきの総括的な話になります。

自分の内面にある先天的な幸福感を土台に生きていく、と決めた。

なら、自分アンテナの純度を高める。

それが、先天的な幸福感の灯台。

 

自分アンテナの純度が高くなると、エネルギーの使い方が変わります。

エネルギーとは、お金、時間、人とのつながりなど。

全部エネルギー。

だから、他人アンテナから自分アンテナに変えると、

お金の使い方が変わる。

時間の使い方が変わる。

人間関係が変わる。

そうすると、周りからは人が変わったように見える。

実は地続きなんですけどね。

 

頑張らない感じでナチュラルにひろがっていくのがぼくにとってはベストだと思います。

Twitterのフォロワー数競争のようなものを見ていると、舞台が会社からTwitterに変わっただけのような気がします。

あくまでぼくの場合ですが、「ナチュラル」が一つのキーワードになっていきそうです。

別の言い方をすると、Tさんが言うように

「BE WILD/野生化しよう」

ということ。

人間の動物的な部分を大切にする生き方です。

人間は、動物とは別格な特別の存在という価値観が、ここ2000年余りの主流でした。

その結晶が資本主義だといってもいいかも。

ところが、「資本主義によってしあわせになったか」という問いには、実は?マーク。

確かに、

飢えなくなった。

凍えなくなった。

新しい娯楽が生まれた。

これらはすばらしいことです。

それこそ、自分がオレンジジュースを飲めているということの奇跡!

 

ところが、それと幸福感がどうにもリンクしない。

どうにもしあわせが気づきにくくなってる。

自分の純粋な感覚をおざなりにした物質万能主義だから?

その辺はよくわかりませんが、現代文明の恩恵に感謝しつつ、動物的な感覚を生かしていきることもできるのでは?

おもしろい実験だと思いませんか(*^^*)

WILDに人とつながる。

以前ご紹介した鹿嶋ひろみさんの記事にも!:自分らしいって大切♡ | ♡カラダマニア♡

「幸せになれる自分ルール」と思い込んでるルールでがんじがらめになると、心が重くなる。

 

ヴォルテックス(エネルギーの発信基地)という概念があるそうです。

直径1.5mくらいの、人間から発する波動のことで、スピリチュアル的には有名な概念みたいです。

このヴォルテックスの密度が高くなると、「なぜか分からないけどこの人キラキラしてるなー」って感じになる。

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キラキラの密度が高くなると、自然といろんな人が寄ってきます。

直感的にそばにいたいと思う人は、ヴォルテックスの密度が高いんだそうです。

この状態でいることができれば、事業もうまくいきやすい。

なんとなく手伝いたくなる人、もっと簡単に言うと、おごりたくなっちゃう人はヴォルテックスの密度が高い。笑

逆が分かりやすいかも。

いつもため息をついて、口を開けば誰かの悪口、現状否定。笑うことはまずない。

さて、この方を手伝いたくなる気持ち、自然と溢れ出てきますか?笑

 

ヴォルテックスからみても、このブログの最初の頃に書きましたが、ぼくには自分を卑下するクセがありました。

何も成し遂げられない、みんな中途半端(と当時は思っていた)な自分が嫌いだったんです。

これではヴォルテックスの密度は高まりません。

当時は、いつも嫌われるんではないかとビクビクしてました。

Tさんが尋ねます。

自分を卑下することに、何のメリットがありました?

ん~。

調整役として手っ取り早く相手の警戒を解けるので都合が良かったかも。

調整役をなんで選んだんですか?

選ばれるのが怖かったから、、、ですかね。

今ならその自分に何て言いますか?

・・・自分で選びなよ。笑

そうですね!「選ばれない恐れ」があると、選びきれません。

恐れが現実化していきます。

この恐れは、自分が選ぶ経験を積み重ねることで解消されていきます。

 

自己肯定感の低い人は、自分で選択していないんです。

自分で選択していると思っているんですが、実は相当他人軸で選択している。

例えば、「こうなったらこう見られる」と潜在意識では思っている。

そういうものは、掘り下げていくとメッキがはがれます。

ぼくにとってのアニメーターはそういう目標でした。

絵が描きたくて描きたくて仕方ないわけではなかった。

ただ、自分が共感する表現がアニメにあって、共感する表現は「ナチュラル」だった。

 

仕事、パートナー、人間関係、環境、すべてつながります。

 

仕事=父

パートナー=母

の関係に象徴されるそうです。

これも潜在的な浄化の話です。

このどちらかの潜在的なトラウマ、魂の種。

親から否定された記憶。いつまでも残っている言葉。行動。

そういうものがあったとしても、メタ認知で自分の観察者となれば、すでに愛されてるし、存在しているだけでOKということを知ることができます。

今の自分を考えて、自分は完璧ですか?

世の中に完璧な親がいますか?

親という存在も、成長過程です。

生まれたということは、そこに愛があったということ。

もうそれだけで十分で、その後に何か言われたりされた経験に一喜一憂する意味はありません。

要するに、自分がここにいることに条件はない=まるごと肯定できちゃうんです。

「何かのために」がなくなります。

 

その生の自分が、他人とつながる、過去とつながる。

これが、最高のよろこびです。

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他の人のビジョンを求めても、そこからつながり感は生まれません。

他人が言っている何かを目指すと、つながり感は薄れていきます。

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ぐっちさんが子供の頃から持っているのは「愛が深い」「愛が欲しかった」ですね。

つながりとは愛です。

「愛」がぐっちさんの生涯のテーマになるかもしれませんね。

 

ぐっち