ナチュラルなイキカタ

うつ病生活7年目の36歳サラリーマン。多くの人にナチュラルな生き方の心地よさを知ってほしい。精神科の薬の断薬・減薬、認知行動療法からスピリチュアルまで小さな行動の積み重ねをトライ中。たくさんの人の心が少しでも軽くなるように体験をシェア。ゆるりと更新中。

沖縄に向かうバスで考えた教育の話

おはようございます。ぐっちです。

ただいま6時5分。

成田空港に向かうバスのなかです。

LCCのなかでも最安の便に乗るために、4時半起きです。笑

f:id:ketoraaa:20190111060650j:image

まだあたりは真っ暗。

それでも普通に混んでる東西線に乗って東京駅バスターミナルへ。

これから飛行機、電車、バスを乗り継いで、沖縄本島最高のパワースポットと言われる斎場御嶽(せーふぁうたき)に向かいます。

その次の日は、沖縄の創世神アマミキヨが降り立ち、国づくりを始めたと言われる神の島・久高島へ行く予定です。

どちらも雨予報ですが。笑

カラカラなのでめぐみの雨ですね。

わくわくします。

実は、わたしは29歳になるまで一度も沖縄に行ったことがありませんでした。

沖縄ってすごく遠く感じてました。

それが、去年の9月に一週間行って、今回行って5回目です。笑

行けていなかった最大のブロックは、お金でも時間でも体調でもなく、自分の「マインド」だったという。

行けない。できない。言えない。

案外、そういうものかもしれません。

見えないだけに、物理的な力では動かせないブロック。

こころ。

二十数年かけてそのブロックを塗り固めていくのが、日本の教育。

集団の中で、自分の心を抑え込むことを反復練習。

地域性という共通項だけの偶然の集団に、適応していかなければならない。

その程度の偶然の集団に適応できないと、社会的な受け皿が急になくなる恐ろしい単線社会。

思考停止を強います。

自分の心を殺します。

それが、不登校134,000人につながっている。

では、この国の教育のあり方を定める法律では、どうなっているのでしょうか?

普段めったに触れることはないと思いますので、この機会に少しだけのぞいてみましょう。

法律の中で、教育の根本を定めているのは「教育基本法」という法律です。

そのなかでも、教育の目標を定めているのが、第2条。

教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

これだけ読むと、

ふーん、別にいいんじゃない

という感じがしますよね。

では、フランス革命を成し遂げたフランスではどうなっているでしょうか。

フランスで日本の教育基本法に相当するのが、ジョスパン法という法律だそうですが、第1条には次のように定められています。

教育は,国の最優先課題である。

教育という公役務は,生徒及び学生を中心に置いて構想され組織される。

それは機会の均等に貢献するものである。

人格の発達,初期教育・継続教育の水準の向上,社会生活・職業生活への参加,及び市民としての権利の行使を可能にするため,教育を受ける権利は各個人に保障される。

(中略)

これらの機関は,フランス並びにそれを取り巻くヨーロッパ及び世界の中での経済・技術・社会・文化の進展に応ずる内容と方法を持つ教育を提供する。

ここでは,すべての教育段階において地域語・地域文化の教育を行うことができる。

(中略)

各小学校,コレージュ及びリセにおいて,生徒及び学校内外で生徒の教育に携わるすべての人々により教育共同体が構成される。

生徒及び学生は,父母,教員,進路指導担当教員及び専門家の支援を受けて,自らの希望と能力に応じて,修学及び職業に関する進路計画を立案する。

関係行政機関,地方自治体,企業及び各種団体がこれに協力する。

(省略)

さらに、第10条にはこう定められています。

生徒の義務は,学習に固有の責務を遂行することにある。

この義務には,勤勉さ,学校の運営規則や集団生活を尊重することが含まれる。

コレージュ及びリセにおいては,生徒は多元性の尊重,中立性の原則の尊重の下に,情報の自由及び表現の自由を行使する。これら自由の行使は,教育活動を損なうものであってはならない。

この二つの法律を読んで、みなさんはどう感じたでしょうか。

わたしがこの二つを比較して思うことは、日本の基本法はとても情緒的だということ。

「豊かな情操と道徳心を培う」

「自主及び自律の精神を養う」

「勤労を重んずる態度を養う」

「我が国と郷土を愛する」

つまり、心をコントロールしたいという意識が非常に強い。

それは、「豊かな情操や道徳心がないのが子供だ」という点にフォーカスしているからかもしれません。

一方でジョスパン法は、

「人格の発達,初期教育・継続教育の水準の向上,社会生活・職業生活への参加,及び市民としての権利の行使を可能にする」

「自らの希望と能力に応じて,修学及び職業に関する進路計画を立案する」

「情報の自由及び表現の自由を行使する」

と、「DO(やること)」を明確にしています。

あとは、子供であろうと「自由の行使」に属する事柄であって、国家が制限することではない。

という意識があるように見えます。

子供に対する「信頼」が背景にあるのではないでしょうか。

日本の自由は、「学問の自由を尊重」です。

尊重は、重んじるという態度の問題ですから、結局ここでも心を法律で規定しています。

また、

学校内外で生徒の教育に携わるすべての人々により教育共同体が構成される

というように、教育が「学校」だけで完結するものでないことを明記している点もフランスの特徴です。

世界でも最も集団のルールを守ることに厳格な日本の法律が「自主及び自律の精神を養う」と書いていて、世界で最も個人主義のフランスの法律が「勤勉さ,学校の運営規則や集団生活を尊重する」と書いているのは実に皮肉です。

教育基本法に思いをはせたバス車中なのでした。