ナチュラルなイキカタ

うつ病生活6年目の36歳サラリーマン。多くの人にナチュラルな生き方の心地よさを知ってほしい。精神科の薬の断薬・減薬、小さな行動の積み重ねをトライ中。つらい思いで苦しむ人の心が少しでも軽くなるように体験をシェア。ゆるりと更新中。

瞬間瞬間に無条件にひらいていく岡本太郎さんのほんとうのイキカタ。

こんにちは。ケトラーです。

芸術は爆発だ!!!

有名なフレーズですよね。

1996年になくなった芸術家の岡本太郎さんの言葉です。

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岡本太郎さんは、大阪の「太陽の塔」や渋谷駅の「明日の神話」を制作されました。

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沖縄で、岡本太郎さんの「自分の中に毒を持てーあなたは常識人間を捨てられるかー」を読んで、ジョルジュ・バタイユとの出会いを「素手で魂をひっかかれた」と表現するような血の通った言葉に衝撃を受けました。

マインドフルネスの先駆者だったんだと思いました。

数年前ーうつ病を経験する前でしたー職場の知人に岡本太郎さんの「沖縄文化論」を薦められて、借りて読んだのですが、当時は特にアンテナにかかることはありませんでした。

でも、なんとなく気になっていて、沖縄旅行中の台風24号のなか、読むことが出来ました。

沖縄の悲鳴にも似た台風は、岡本太郎さんの本を読むには最適な環境でした。

台風を忘れるくらい、その先進性に夢中になりました。

言葉が、バシバシと爆発するように胸に刻まれていきます。

岡本太郎さんは生きることは

無目的、非合理に、今この瞬間ふくらみ輝くこと

ととらえていました。

それは一言でいうと、

爆発

であり、

生きることは芸術そのものだと考えていました。

だから、芸術は爆発なのです。

継続的な爆発というものはありません。

過去にも未来にも瞬間瞬間にほとばしるのが爆発です。

爆発する情熱は、究極のマインドフルネスです。

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今まさに、世間や会社という枠を超えて、自らの素直な感性を世界にひらくパイオニアが次々と登場することで、日本は息苦しい目的至上主義から価値の大転換期にあるとわたしは考えています。

その時代を迎えてやっと、岡本太郎さんの言葉がわたしたちの感性に届くようになったのかもしれません。

岡本太郎さんは、現代をこうとらえていました。

われわれはこの世になぜ生まれてきて生きつづけるのか、それ自体を知らない。

ところが合理主義は割り切れたものたまけしかも問題にしない。そのシステムによって、すべては目的化される。

“生きる”ということの非合理、猛烈な情感は顧みられない。だから人々は疎外され、知らず知らずに絶望しているのだ。

確かに交通は便利になり、生活は保証されている。しかし、物質的な繁栄というもので人間みたされるはずがないのだ。人間が生まれてきて一番痛切につかみとらなければならない

生命感

というものが、逆に遠ざかり、見失われてしまう。

わたしは、日々、生命感を感じて生きているでしょうか。

何か利益が代償がなければ行動しない。

それが当たり前になって、自分のオリジナルな感性すら見失っていないでしょうか。

苦しさ、息苦しさ、沖縄で感じたひらかた感覚には、生命感がキーワードになりそうです。

何をすればよいか、それがわからない。では、どうしたらよいのか。まず、どんなことでもいいから、ちょっとでもいいから情熱を感じること、惹かれそうなことをやってみるしかない。情熱というものは“何を”なんて条件つきで出てくるもんじゃない。

無条件なんだ。

何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。

遊び心

といってもいい。好奇心という言葉では、何か型にはまった安易さを感じる。軽く素直に動けばよいということだ。

人生、生きるということ自体が、新鮮な驚き、よろこび、新しくひらかれていく一瞬一瞬であり、それは好奇心という浮気っぽいもの以上の感動なんだ。

ほんとうに生きるということは、いつも自分は未熟なんだという前提のもとに

平気で生きることだ。

これはまさに、不安という目的にかられた行動から、心の動く方向に行動してみようというわたしの試行錯誤を、強く励ましてくれる言葉でした。

行動するとき、必ず「何を」と考えて、できるできないを判断してから動きませんか?

無条件に動いたらどう感じるでしょう。

沖縄一人旅で感じた開かれたよろこびは、わたしの感性に新鮮な世界があることを教えてくれました。

会社の価値の比重からしたら、わたしの行動は無価値です。

でも、それを平気で生きてみる。

それが、ほんとうの生きるかもしれない。

平気って言葉があったじゃないか!

本を読むと、時々こうして、わたしの今の感覚をすくい上げる言葉と出会えるのでうれしいです。

人間は精神が拡がるときと、とじこもるときが必ずある。強烈にとじこもりがちな人ほど、逆にひろがるときがある。

山口ユウスケさんも、精神疾患の人はメンタリストという体感を教えてくれました。

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悩みが成長の余地だとしたら、深く悩んだ全世界数億人の精神疾患に悩む人たちは、ものすごい伸びシロ、可能性がある。

狭い垂直の世界で、可能性はゼロだと絶望する必要はない。

無条件、無目的とは、絶対です。

生命の絶対感。

うつ病だろうが、子供だろうが、休職中だろうが、生命は絶対。

岡本太郎さんの言葉は、すさまじい腕力で魂を鷲掴みにするのです。