私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

このブログを読んで、「ketoraaaはなんでも挑戦して、ものにして、自分はこうはできない」と思った方がいたとしたら

まったく安心してください。

いくら紙一枚分の工夫を地道に積み重ねたからといって、人生が右肩上がりの直線を描くことは絶対にありません。

人生は必ずプラマイゼロです。

プラスだけで終わった、という人に会ったことありますか?

全てをプラスに捉えた、という人ならいるかもしれませんが。

わたしが行った睡眠薬の断薬も抗うつ薬の断薬も、紆余曲折がありました。

それだけではありません。

わたしは、随分と恥と失敗の多い人生を送ってきました。

自分が大切にしている物への執着が強く、本が勝手に読まれたりゲームソフトのケースに傷がつけられるだけで、抑えられない怒りがこみあげて無口になってました。

自分の思い通りにならないとすぐにすねて、自分の殻にこもりました。

本で読んだかまどに憧れて、「うちにかまどがあればなー」と二階から叫び続けました。

高校も大学も馴染めず、居場所がありませんでした。

ヤンキーに目をつけられないために必死でした。

それでも、カツアゲされてなぜ戦えなかったんだと悔しくて仕方がありませんでした。

夢のために努力することが出来ず、卒業後に無為な日々を過ごし、大学の先生に江古田のファミレスで相談しながら自分のふがいなさに号泣しました。

はじめてまともに働いたヤマダ電機で、ド級のクレーマーに当たってショックで寝込みました。

その後、フリーターとして迷走した日々がありました。

東京に出なければ始まらないと上京しましたが、不安定な生活に耐えられず3ヶ月で戻りました。

株の信用取引で120万失いました。

夢をあきらめた後の就職活動でも、全力で取り組むことができず、中途半端でした。

大事なことから逃げて逃げて逃げまくりました。

いまの会社に入れたのは、奇跡と兄のアドバイスのおかげです。

考え方が合わなくなった友人と何人も疎遠になりました。

被災地に異動しましたが、当時は頭のネジを何本も外していたため、チャラくて嫌な思いをした人もいると思います。

宗教に入信しましたが、いまはまったくいっていません。

うつ病が再発し、2度休職しています。

少ない業務を割り振られ、なんとか毎日出勤することで精一杯の、

そのくらいの人間です。

いまも、ライフイベントに激しく消耗し、犬との同居や犬に対する考え方の違いに悩み、綱渡りの日々です。

今日もコンスタンを飲みながら席に座っているのがやっとです。

わたしはできれば子供が欲しいと思っていますが、いまの状態からは遠い星の出来事、SFのように感じることもあります。

それでも。

それでも。

それでも。

わたしにできることは紙一枚分の工夫を続けることです。

問題を縦に並べて、目の前のできることから50点の解決策に取り組むことです。

恥や失敗と、いま目の前のできることは、何も一切まったく関係がありませんから。