私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

うつ病とともに自立する!新しい自立のカタチ

こんにちは!

ketoraaaです。

心に響く言葉に出会いました。

私たちは、大人になるに従って、自立することがかなり過剰に、急に求められます。

自立とは、自分で自分の始末をつけること、つまり、自己責任と思われがだし、私もその強迫観念に生きてきました。

うつ病も、過労死も、自殺も、生活保護も自己責任。

それは、完璧ではない自分はダメという二元論に基づく内省心理学に起因していると思います。

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それがいかに生きにくいかは、これまで書いてきたとおりです。

どれだけ健康でも、完璧な人間、なんでもできる人間はいません。

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そして、強迫観念や固定観念に縛られた生き方ではない、自然な生き方に近づく紙一枚分の工夫についてお話ししています。

今回たまたま出会えたのは、熊谷晋一郎さんや安冨歩さんの、

自立とは、依存先を増やすこと

という言葉です。

この言葉にあるように、そもそも、私たちが目指す自立が、自分でなんでもできる、完璧な自分でいる、ではないとしたら、どうでしょう?

依存先がたった一つだとしたら、ストーカーやひきこもりなど様々な問題がありますが、父親、ツーリング仲間、飲み仲間、月一のサークル仲間、恋人など、たくさんあればあるほど、それを自立と言わずに何を自立と言うんだろうかという気がしてきます。

そうした繋がり、社会関係資本があるほど、震災からの復興が早かったという研究もあると聞きます。

依存先を増やすことを目標にする、そう考えると、私にはまったく別の景色が広がります。

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