私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

【人間関係】人間関係が息苦しい皆さん!悪口・陰口を言わないことで、心地よい人間関係に変わります


こんにちは!

ketoraaaです。

連休最終日ですね。

明日の仕事を考えると気が重くなりますが、明日のハードルをぐっと下げて、スムーズに一週間をスタートさせましょう。

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前回は、自分の有限なエネルギーの配分を変えて、モンスター社員への割り当てを減らすという話でした。

ここまでは表立って攻撃するタイプについて書いてきましたが、他人に攻撃的なタイプにはもう一タイプあります。

陰口で攻撃するタイプです。

「あいつは無駄に残業ばかりしている」

「あいつはおしゃべりばかりしている」

「あいつはこんなことも知らない」

と、会社では人が人の評価をする場面を目にすることがよくあります。

最初のうつ病発症後の職場でも、暇な職場でしたから、何も生まないジメジメとした悪口・陰口をよく耳にしました。

それに私が同意しないでいると、その敵意が私に向かうようになったこともあります。

親しい友人との飲み会の場で「あの上司はまったく」「あの同僚は全く」というようにその場限りの冗談を飛ばして共感しあうことで、ストレスを発散しているくらいのものであれば、一時的なもので影響はないと思います。

ですが、人を評価することや悪口を言うことがクセになると、次第に人の見方の型が作られ、型は年月とともに固定化し、そういう物事の見方が習慣になります。

物事を、評価や悪口といった減点法で見ることが習慣になれば、無意識に自分自身のことも「あれもできていない」「これもできていない」と減点法で見るようになってきます。

私たちは、昔から「人の悪口を言ってはいけない」と教えられていますが、それは人を傷つけるだけでなく、このように自分自身も傷つける習慣なのです。

つまり、何のメリットもありません。

また、「類は友を呼ぶ」と昔から言われるように、陰口を言う人の周りには陰口を言う人が集まってきます。

本人のいないところで誰かの陰口を言う人が、自分のいないところで自分の陰口を言わないと、心の底から信じることは難しいでしょう。

陰口を言っていれば、それを受け入れられない人は次第に離れていき、陰口の共犯という表面上話を合わせるだけの上っ面の人間関係が多くなっていかざるを得ません。

上っ面の人間関係が増えることで、心は満たされるでしょうか。満ち足りているならそれでもいいと思います。それは自分次第です。

いま目の前で話していることには裏があると思いながら、一言一動作に神経を尖らせる人間関係は、エネルギーを消耗する一方です。

そう感じた時は、思い切って陰口・悪口を言わないようにしましょう。

「陰口に共感しなかったから」と友人が離れていくこともあるかもしれませんが、その程度で離れていく友人だったら、自分の大切なエネルギーを大きく使ってまで、繋ぎとめる必要があるかどうかを、まず考えてみてください。

もし今の人間関係が少ししんどい、フィットしない、息苦しいと思っている場合、自分の自然な生き方を抑え込み、飾った自分を作って、そこを土台に人間関係を作っているからかもしれません。

生き方を自然なものに、それに合わせて人間関係も自然なものに近づけていくことは、自分自身が陰口を言わないことから出発することができそうです。マザーテレサの言葉だという次の格言も知られています。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

マザーテレサが認知行動療法を念頭に置いていたわけではないと思いますが、思考を認知療法、言葉・行動を行動療法ととらえると、紙一枚分のこういった工夫が、より大きな「運命」というものの土台となっていること言っているようにも思えます。

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