私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

コンクリートジャングルをサバイバルするための、あきらめ力

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、月曜日に重い予定を入れないことが、一週間をスムーズに始めるコツというお話をしました。

結局、復職してから別の部署に異動するまでの4か月、上司とのやりとりがフィットすることはありませんでした。

その場合、いつまでもその点に執着するのは脳を消耗させるだけです。

主治医も、状況を逐一聞いた結果、

10人中9人とあわなければ自分に問題あるが、一人ならどちらかに問題があるのではなく相性。画面を眺め続ける(いつまでもこだわる)のではなくスライドを次に送る(目の前のことに集中)。自分本位の自己評価で。騒音の中で一人静かにご飯を食べるイメージ。それは練習でできるようになること。悲しいことだけど、そういう職場はみんなそうやって身を守っている。無人島のサバイバルみたいなもの。組織運営について色々思うことは、自分がいずれマネジメント側になったときまでの宿題」

とアドバイスをくれました。

こうしたこともあって、「上司に自分の体調を理解してもらうことが自分の目標ではない」と、次に向かうために上司との関係をある程度「あきらめる」ことができました。

「あきらめない」ことは尊いではありますが、自分ではどうしようもないこと、自分の範囲外に属することは、いつまでもこだわったところで、やはり「100円を拾う」ような偶然を待っているのと同じことです。

偶然を待ち続けるよりは、あきらめることによって、気持ちを切り替えて次に進むことができます。

次に進むための、前向きな「あきらめ」もあります。

「石の上にも三年」ということわざに象徴されるように、「我慢」「辛抱」「忍耐」は、美徳とされています。

私たちは、その価値観に過剰に適応しなければならない気圧のように見えないプレッシャーに晒されています。

「三年我慢してその会社で働いてみろ」「話せばわかる」「給料をもらっているのだから、辛くて当然」といった典型的な人生哲学も、そういう価値観をベースにしています。

「我慢」「辛抱」「忍耐」が高確率で経済的な豊かさをもたらした時代には、それらの価値観が人生をサバイバルするために大切な哲学であったと思います。

ですが、いまでは、我慢した結果、アルバイトのままかもしれないし、会社が潰れるかもしれないし、いじめ、パワハラ、DV、長時間労働、クレーマーで心がズタズタになるかもしれません。

しかも、大量に生産して大量に消費する形での経済的拡大は頭打ちですから、経済成長前提の人生哲学に固執して経済的豊かさを得るのは、至難の業になりつつあります。

自分の人生の「喜び」「楽しさ」を考えた時、消耗する一方で代価の乏しい「我慢」「辛抱」「忍耐」を優先するか、「自分の自然なあり方」を優先するか。

価値観ですから、数学的な正解があるわけではありません。

「我慢」「辛抱」「忍耐」を優先すべきとも思いませんし、「自分の自然なあり方」を優先することが正しいとも思いません。

ただ唯一言えることは、どちらか一方に固執するのではなく、そのどちらの選択もとってよいということです。

私たちはいま、価値観選択の過渡期にあるのです。

 

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