ナチュラルなイキカタ

うつ病生活6年目の36歳サラリーマン。多くの人にナチュラルな生き方の心地よさを知ってほしい。精神科の薬の断薬・減薬、小さな行動の積み重ねをトライ中。つらい思いで苦しむ人の心が少しでも軽くなるように体験をシェア。ゆるりと更新中。

うつ病は、「自然な生き方と違うよ」というヒントだった。

こんにちは!

ketoraaaです。

認知療法、問題解決法、マインドフルネス・・・とお話ししてきた、リワークの話の最終回です。私がこのブログを通じて最も伝えたい回の一つです。

リワークで学んだ技法には、共通する人間観がありました。

それは、人間も、自然な生き物だというものです。

なんと当たり前のことだろうと思いますが、私はそれをすっかり忘れていました。

情報にあふれ、遅刻しないように、締め切りに間に合うように規則正しく生活し、経済的な成長を求める中で、「人間は計画的に効率的に成長していける存在だ」という固定観念で身動きが取れないほどがんじがらめになっていたのです。

そして、うつ病になってしまった自分は、「そのレールから外れた、ダメな、弱い、終わった存在だ」と思っていました。

最近だと、オワコンと言ったりもするでしょうか。

「ダメな、弱い、終わった存在」の自分が、「食べられない」「眠れない」といったマイナスの状態から0に戻ったところで、うつ病が再発してしまうだけなのではないか、という不安が常にありました。

ですが、うつ病になったことも、休職したことも、「なってしまった」と振り返り続けていても、ただ自分を傷つけるだけで、うつ病を深刻にする以外は何も生まれません。

そして人間の身体は、宇宙や深海のように奥深く、まだまだ自分に分からないことが起こることは、自然なことなのです。

そこで、自分を観察する対象として捉える新しい視点を持ち、自分を縛っている縄に気付き、自己理解が深まると、絡まった糸だと思っていたものが見方を変えると芸術的に美しく見えるように、私が望んでいるのは、かつての自分ではなく、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分で、それは0を目指すこととは違うと思えるようになりました。

そして、望んでいる自分で考えたとき、うつ病は私に体調の変化を起こし、「自然な生き方と違うよ」とヒントをくれたと思うことができたのです。

自分に目指すものがあって、成長の伸びしろがあると発見できて、砂漠に水脈を発見したようにうれしかったです。

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リワークで、紙一枚分の行動・幸せを一つひとつ積み重ねて体験していき、自分の自然な生き方に近づいていきたいと、休職してからはじめて前向きに考えることができました。

私の行動や変化のスピードは、0.1秒を争う情報社会の中では、極端に遅いかもしれませんが、それは、一本として同じ木がないことと同じです。

人間も一人ひとり、体質、考え方、価値観、リズム、性格、個性、特徴が違うのだから、自分にフィットするもの、リズムを大切にしようと思うようにもなりました。

極端な例かもしれませんが、コアラは一日20時間くらい寝ているし、他の生き物との競争を避け、毒素の強いユーカリの葉を食べるそうです。

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しかも、ユーカリの葉を解毒する力を身に付けるため、母親のウンチを食べるとか。

2018年の人間の価値観からすると、まったく考えられない暮らしかもしれません。

でも、それがコアラがが自然なままにある姿です。

コアラは「ダメな、弱い、終わった存在」ではありません。

良い・悪いという価値観では計れず、ただ人間の一つの価値観の枠にははまらないというだけのことなのです。

スピードだけではありません。

世の中でよいと言われている食品や薬、健康法、今回紹介しているような技法でも、自分には合わないということはあります。

これまでに紹介してきたことも、「自分のことはもうよく分かっている」「ちまちました幼稚な感じの方法」と思われることもあるかもしれません。

ですが、私は、こういった技法を使って自分に対する小さな気付きを重ねていくことで、初めてこれまでの「自己分析」では見過ごしていた自然な自分と出会うことができたのです。

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リワークでも、最後までどの技法にもまったく納得できないという方も実際にはいました。

本当にフィットする技法がなかったのかもしれませんが、ただ、その方の場合は、もう何十年もうつ病に悩む自分は深刻で、はなから自分にはこういった「子供だまし」のような手法は効果がないと強く決めつけているようでもありました。

それはその方の内面のことですから、本当のところは分かりません。

ですが、効果がないと決めつけたものが自分に効果をもたらすことは、あまりないかもしれません。

0.1ミリ、紙一枚分でも、自分の自然な生き方に近づいているかどうかをキャッチできれば、それは積み重なることで、これまでとは違う可能性を秘めているかもしれないのです。

少なくとも、最初から強いフィルターを通してしまうと、紙一枚分の差に気づくことが難しくなります。

なにせ紙一枚。気づくか気づかないか程度のうすーい差しかありません。

世の中には「○○だけやりなさい」という情報が溢れていますが、「良い」「悪い」と頭だけで判断するのではなく、自分の変化を観察して、「合う」「合わない」という自分の身体の声を聴いてみるという方法もあるのではないでしょうか。

つづきます。

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