私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

【認知療法】自分の考え方の特徴を知って見えてきたスキーマらしきもの

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、疲労が自分の思考に及ぼしている影響を理解し、時には判断の先送りが必要なことをお話ししました。

以前、スキーマ(信念)について少し触れました。

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リワークでは、「そういうものがあると言われています」くらいしか触れられませんでしたし、通院する病院でも、過去について掘り下げることはまずありませんでした。

ただ、私の場合は、自動思考を捉える中から、自動思考がなんとなくいくつかの子供の頃の記憶と結びついてくるようになりました。

これがスキーマに関係しているのかどうかは、専門家に聞いたわけではないので分かりませんが、記憶と結びつくとともに考えたことがありますので、書きたいと思います。

自動思考と結びついて思い出されたのは次のような記憶です。

小学生の頃です。

兄たちに昼食のハンバーガーを買いにいかされて、私はシェイクが食べたかったのでシェイクも買って帰ったところ、持って行ったお金は兄が立て替えているお金だったらしく、「無駄なものを買ってきた」と責められたこと。

子供会のかるた大会で、待ち時間にすることがなく暇になったので、外に遊びにいったところ、自分の順番になった放送が聞こえず、会場に戻ったら父親がかつて見たことがないくらい激高し会場でひどく怒られたこと。

兄弟でお金を出し合ってゲーム機を買い、それがうれしくて壁新聞を書いて貼ったところ、「お前一人の手柄ではない」と兄から怒られたこと。

地元のお祭りで、動物の自動車のようなものに乗っていたとき、友人が「こっちこっち」と呼ぶので、そちらに向かうと、段差があって乗り物が故障し、「弁償だ。百万円はする」と脅され責められたこと。

中学生の頃です。

パンクした自転車を、歩いて帰るのが面倒だったのでそのまま乗って帰ると、チューブがダメになっており、チューブ交換が必要になって修理代が余計にかかったらしく、兄から「犯人が帰ってきた」と責められたこと。

弟の友達が私と遊びたいというので公園で遊び、何とか楽しませようと少し遠くに行こうと思って、自転車で二人乗りをしたところ、その子が車輪に足を挟んでしまい大けがをしたこと。

学校で友人とはしゃいでいると、学校で一番の不良がいきなり私のことを蹴り飛ばし、「てめぇ調子に乗ってんじゃねえぞ」とからまれたこと。

部活の県大会の帰りにバスに乗っていると、見知らぬ学校の不良から、話してもいないのに「てめえ超むかつく」とからまれたこと。

高校生の頃です。

友人と高校の卒業旅行に島に行ったところ、船酔いしてしまい、着いたころには歩けないほど気持ち悪くなっており、せっかく旅行に来たのに気持ち悪くて何もできない私に腹を立て責める友人と仲違いしたこと。

大学生の頃です。

こちらの悩みを相談するメールの内容を、兄が自分を非難するものと勘違いし、激怒した返信があってから1年間口をきかなかったこと。

これらの強い記憶に共通するのが、「二人乗りは危険なのでやらない」という程度の教訓はあるにしても、「それほど怒られる、責められる、からまれるほどの落ち度が私にあるわけではない」ということです。

ですが、強くいつまでも「怒られた」「責められた」「からまれた」という鮮烈な記憶は、その事実以上に私の認知を一定の方向に偏らせたかもしれません。 

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