ナチュラルなイキカタ

うつ病生活6年目の36歳サラリーマン。多くの人にナチュラルな生き方の心地よさを知ってほしい。精神科の薬の断薬・減薬、小さな行動の積み重ねをトライ中。つらい思いで苦しむ人の心が少しでも軽くなるように体験をシェア。ゆるりと更新中。

うつ病真っ只中は、こんな感じでした。

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、うつ病が良くなればと、人生で初めて宗教に入信したところまでお話ししました。

考えてもいなかった宗教に入信するくらい、平成27年5月に休職してからの、うつ病真っ只中の道のりは、一筋縄ではいきませんでした。

本当につらい時期でした。

何かをやるとよいという訳でもなく、急にだるかったり、日によっては3時間も寝付けなかったり、とりあえずその日起きてみないと体調が分からないという日が続きました。

その時の状態は、50センチ先も見えない濃い霧の中、沼地に足を取られながら前に歩き続けるようなものでした。

それが1か月、2か月と続き、いつ終わるかも分からなければ、だんだんと前に進む気力がなくなってきてしまいます。

「50センチ先も見えない霧の中、沼地を何か月も歩く」という感覚を、「ああ、あの感じね」とすぐにイメージできる方はいないと思います。うつ病は、まさにそのように、これまでの経験でイメージできる世界とはまったく異なる感覚だったのです。

普段私たちは、意識することもなく「明日起きてもだいたいはこのくらいの体調だろう」という前提で生活しています。

だから仕事や学校も週5日、月曜から金曜まで必ずあります。予定を立てることができる、毎日同じ暮らしができるという前提で、社会は成り立っているのです。

逆に見通しが立たないと、私たちの行動は大きく制約されます。私は、これまで経験したことのない体調の嵐に振り回され、先行きへの不安から疲弊していきました。

月曜日はまあまあだけど、火曜日は起き上がれませんということが当たり前にあります。

太平洋をたった一人で、海図もなく、どこに辿り着くかもわからずプカプカと漂っているようです。

陸地が見えたかと思っても、また引き潮にのまれて戻され、ぬか喜びに終わり、永遠に陸地には辿り着かないように思えました。

妻に対しても、せっかく結婚したのに迷惑をかけて申し訳なく思いました。

家の外に出るどころか、テレビを見ることも本を読むこと音楽を聴くこともできず、ただベッドに横になっている日が続きます。

「自分はただいるだけだ。価値がない」と思えてきました。

私の性分で、つい「今日の身体がだるいのは、昨日のあれがまずかったのか」「何かこれをやると回復を早めるというようなものを、できていないのではないか」というふうに因果関係を探してしまいました。その時主治医に言われたのが、

「いまはこんな状態でよい。何かやった方がよい、やらない方がよいという状態ではなく、その日の体調で活動すればよい。翌日の予定はいれない。無理に入れると、それが実現できないことで挫折感につながる。もう少し落ち着いてきたら、明日は10時に図書館など、予定を入れる。さらにエネルギーがでてきたら休職者向けリワークプログラムなどに参加してみるのもよいかもしれない」

という言葉です。

五里霧中、暗中模索の状況に、見通しを立てる必要もないという主治医のアドバイスは響きました。

何か起きて「もしかして悪化しているのではないか」と気持ちがジタバタしていましたが、ありふれた症状だと知って、少し落ち着きを取り戻すことが出来ました。

そして、初めて聞いたリワークプログラムってどんなものだろうと思いました。

つづきます。

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