私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

2年ぶりにうつ病が再発

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、異動し、上司との相性に悩んだところまでお話ししました。

平成27年4月下旬、D係長との相性や、クレーマー、異動の混乱に早くもボロボロになりながらも、少し仕事の目途が立ちそうな予感がある日が訪れました。

「今日こそは早く帰る」と心に決め、少し晴れやかな気持ちでいました。

しかしその日の夕方、非常に大きく業務を増やす電話が、別の部署から入ったのです。滅多にある仕事ではないので、係内での分担は決められていませんでした。

夜、D係長から「担当はketoraaaさんで」と言われ(消去法で仕方がないということは分かりましたが)、目途はゼロに戻されました。

カラカラに乾いたタオルを振り絞ってやっとしたたり落ちた一滴のしずくのように、かろうじて残っていた力でその仕事に取り掛かり、今後の段取りを書類にまとめ、関係部署に電話をかけました。

「いまの状態は危険かもしれない」と感じ、やむを得ず、信用できませんでしたが喫煙所にいたD係長を訪ね、「私がうつ病の治療中ということを前の職場から申し送られていますか?いま、業務が非常にしんどくつらい状況です」と打ち明けました。

D係長は「知らなかった。体調優先でやってください」とのことでした。

「これで状況が好転するかもしれない。勇気を出して話してよかった」と希望を持ちました。

しかし、席に戻ると、ちょうど例の常連クレーマーがきたとの連絡がありました。そして、経緯の詳細は忘れましたが、結局私が対応することになりました。

もうその時には、したたり落ちてくるしずくすらありませんでした。

異動前には体調がかなり回復し、通院も月1回となっていたので、4月初旬に通院してからこの状況に至るまで、病院にいって状況を主治医に相談することはありませんでした。

5月2日の土曜日。理想的なお出かけ日和となった、ゴールデンウィーク初日でした。

朝起きてみると、身体が鉛のように重く、布団から起き上がれません。絶望的な気持ちでした。

「また、なってしまった」と。。。

目の前の光景や今食べている食事のことよりも、「休み明けから仕事をどうしよう。連休中で回復するだろうか。休み明けにはあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」「激務と言われるような職場でないのに病気になっていたら、この先もう働けないのではないか」ということで、頭の中がいっぱいでした。

身体の大部分が頭になって、その頭の中にびっしりと蜘蛛の巣が張ったようでした。

連休中は1日だけ妻と無理やり出かけましたが、起き上がるのが本当につらく、陽射しに当たるのも苦痛で、歩くのがやっとでした。

家族と相談し、とりあえず連休明けすぐに病院にいくことにしました。

休むためにD係長に電話をするのが、本当に嫌でした。D係長との電話の内容は記憶に残っていません。

主治医は「10年20年の期間では、全体として回復基調にはあるが、飛行機が上からの気流で押されれば下降するのと一緒で、手札以上のインパクトを受けてしまって下降している状態。休もう」とのことで、とりあえず2か月休むことになりました。

それを職場に伝えると、折り返し、上司の上司(T課長)から電話があり、「こういう場合は1週間くらい休んで様子を見るのが普通で、最初から2か月というのは長いように思うが、どういうことか?」とのことでした。

その時の状態では何かを考えること、判断することができず、T課長からそのように聞かれでも困りました。

これは経験しないとなかなか理解していただけない感覚でもあるのですが、うつ病を発症すると、考えたり、ものを読んだり、テレビを見たり、文章を書いたりという作業が、一気にまったくできなくなることが多くあります。

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新聞を少し読めるようになったのは、このときから約5か月たってからでしたし、この翌年の年賀状では、たった1行のメッセージを1時間かけて書くくらいでした。

すらすらと文章が書けるようになったのは、だいたい18か月くらいたってからです。

異動したばかりでほとんど話したことのないT課長でしたが、この時に「それは今言うことかな」と違和感を持ちました。とりあえず、「治療中の再発だからではないでしょうか」と答えるので精一杯でした。

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