私の自然な生き方に近づく紙一枚の工夫

大企業で働くことに翻弄されて消耗し、うつ病で2回の休職と復職を経験したketoraaaです。私がうつ病の治療で出会って感動した、肩の力が抜け、足りているものに満足し、小さなことを楽しむ、しなやかで強い心を持った自分に近づくための小さな工夫をご紹介します!【毎週末更新】

上司との相性に追い詰められていく

こんにちは!

ketoraaaです。

前回は、異動の混乱、常連クレーマーに消耗するとともに、直属の上司になったD係長の仕事の進め方に、馴染めなかったところまでお話ししました。

私は、自分の仕事は整理して、文書にして個人間・組織間の理解の食い違いや行き違いを減らし、自分でも覚えることも減らして、できるだけ負担を減らすやり方が好きでした。

うつ病を経験してからは、自分を守るためにも、余計そう考えていました。

「仕事自体を面白くすることは難しいが、冗談を言い合って、楽しい雰囲気にしようとすることは、それぞれの心がけでできる。そのためには効率が悪いものを無くして、余裕を作る必要がある」と思っていました。

また、業務を整理することで課題をあぶりだし、浮き上がった課題の解決に向けて、一歩一歩進む達成感を得ることに仕事の醍醐味を感じていました。

逆に、「理由はよく分からないが前からやっているから」と仕事自体が目的になった形式的な仕事や、ゴールの見えない仕事は苦手でした。

そんなもののために消耗しすり減らすことに意味が見出せないからです。

新しい仕事には、そのような形式的な仕事が多くありました。形式を守るための他の部署との衝突も多くありました。

その形式を整理して食い違いを減らそうにも、D係長は、まず「この程度の業務は知っていて当然」が口癖で、D係長の頭には入っていて当然(いわゆる暗黙知)のものなので、文書に何も残しておらず、係で共有しているものは何一つありませんでした。

それを他の部署が共有できているはずがありませんでした。

以前も書きましたが、組織はコミュニケーションコストを増やす方法を選択していきます。

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D係長本人は確かに覚えているのですが、そのレベルを周囲にも求めていました。「○○さんは係長なのにこんなことも知らないのか」と、よく人の評価を口にしていました。

私は、「担当部署である私たちが共有しなければ、別にメインの業務がある他の担当が、ここまで知らないのは当然だろう」と思いました。

これでは、問い合わせの都度、人が変わる都度、以前と同じ労力が繰り返されることになります。せっかく組織的にオーソライズされた仕事の仕切りも、人が変わればまた一からコミュニケーションコストをかけて一からやり直すことになります。「効率が悪い」と思ました。

また、係内で同じ問い合わせを受けても、係の他の職員には共有されないので、やはり一人ひとりが同じ労力をかけて同じことを別々にしていることになります。「無駄だ」と思いました。

さらに、D係長はちょっとしたミスでも大事件のように相手を強く責めるような口調になってしまうことが多く、話しかけるとそれがセットでした。

私の勘違いのミスに対して、終業間際に呼ばれ、「これは犯罪だよ」と強く叱責され、嫌な気分を引きずって帰宅することになったこともありました。

終業間際にキレられたところで、相手は言うことは言ってスッキリするからよいかもしれませんが、言われた方はその指摘に対して翌日まで何も行動することができないません。

単なる自己満足の行動ですが、それをとるマネジメント層は、呆れるくらい多くいます。

職場の雰囲気が悪く感じましたし、「言い方も別の言い方でいいし、終業間際である必要はないし、まだ仕事の過程でのミスだから犯罪ではないし」と言いたいことが山ほどありました。

話している最中に急に過去の重要な経緯を思い出し、もちろん文書に残していないので、私は大慌てでメモし、そもそもなんの話だったか忘れることもありました。

責めるような口調を流せればよかったのですが、私は流せず、一言一言を受け止めてしっかり傷つき、「ちゃんとやらねば」とプレッシャーを感じ、次第にストレスを溜めていきました。

いま冷静に考えれば、初めて担当した仕事で知らないこと、分からないことがあるのは、なんとも自然なことです。

ですが、既にかなり追い詰められていた私は、仕事に行くのが嫌になっていきました。

順序立てて説明されることもなく、年間のスケジュール感もつかめず、対応しなければならない案件だけが日々増えていくので、「いつこの嵐は過ぎるのだろうか」と疲れていきました。

何事も目途がたたず、「かなりしんどい」と感じていました。

また、仮にこの嵐を乗り切ったとしても、「もう仕事が十分できる体調だ」と判断され、さらなる嵐、病気以前と同じレベルの激務に戻されるだけかと考えると、この状況を踏ん張って乗り切っても意味がなく、私の置かれた状況は八方塞がりのように思えました。

気が付くといつも仕事のことを考えるようになっていました。

寝つきに悩んでいたはずが、寝ても寝ても眠気がとれず、眠気をごまかすために、毎朝エナジードリンクを飲んでいました。

ですが、眠れてもいたし、食欲もあったので、「4月の忙しさはどこも同じ。慣れるまでの辛抱。慣れれば大丈夫だ」と自分に言い聞かせました。

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